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その四
はい、おしまい。
ちゃんといい子にして、物語を聴いていましたね。
思い出しますわ。
わたくしのママは、毎晩こうして同じようにご本を読んで下さったの。
深夜二時を過ぎますと、どうしたって瞼が重くなってしまいます。
スーッと夢の世界へ入ろうとするとね、普段はとても優しいママなのですけれど、突然怒髪天を突くで烈火のごとくわたくしを叱りますの。
殴る蹴るなど序の口、スイッチが入ってしまったママは、パパでさえ恐れおののいて、オトナですのにオシッコをよくお漏らししてましたもの。
一度パパは半殺しの目にあったそうなのですよ、うふふ。
三ヶ月間入院したって、言ってましたっけ。
それでも、せっかくママが乱歩先生の御作を、わたくしのために読んで下さっているのだから、当たり前ですわね。
ママは興に乗ると徹夜をいとわず、朝陽が差し込んできても、ずっとお話を続けられたのよ。
子を想う母の気持ち、わたくしもそうありたいな。
今になって、そのありがたさがよくわかりますもの。
あらっ、いつの間にかお部屋の中が真っ暗。
時間の経つのが早いこと。
凜子さんとヒメさまは、わたくしたちを早く二人っきりにしてあげようってことで、こっそり帰られたのね。
つばめはそんな友人に囲まれて、本当に幸せ者です。
そうだわ、お夕飯の準備をしなければ。
あなたは何を召し上がる?
うふふ、赤ちゃんだからミルクでいいかしら。
でも冷蔵庫にミルクなんてあったかしら?
やはり置いてないわねえ。
どうしましょう。
そうだわ!
わたくし今夜は白いご飯にママ特製の白菜キムチをいただくのですが、お米のとぎ汁って、ミルクに似ておりませんこと?
さすがですわ、わたくしって。
食材を余すことなく使うって、とても大事なことなのですよ。
キムチの漬け汁を少々垂らしてかき混ぜますと、いちごミルクに味変しまーす。
あっ、見た目だけだわ。
じゃあ準備いたしますわね。
えっ、寂しいの?
まあ、甘えん坊さんですこと。
ヒメさまが置いていってくれましたこの抱っこ紐で、よいしょっと。
あら、意外に重いのね。
お米を研いですぐに火にかけてはだめですよ。
三十分はお水に浸しませんと。
その間にお散歩しましょうか。
ついでに田畑さんの畑によって、お茄子と胡瓜をいただいて参りましょう。
~※※~
ネズミとウシはコーポから少し離れた場所にコンビニを見つけ、夕飯と明日の朝食用にお握りを購入した。
ウシはお弁当コーナーで、並べられた弁当類を物欲しそうにジーッと見つめるが、ネズミに怒られしぶしぶその場を離れた。
「いいか、兵士たるもの、いつなんどきでも戦闘態勢に入らねばならん。
したがってだな」
二人はコンビニの帰り道、すっかり暗くなった夜道を歩いている。
国道から離れた住宅街、夕飯の時間帯であるためか、人通りは無い。
「おい、聴いてるのか」
ネズミはウシに問いかけるが、横に歩いていたはずのウシの姿がない。
驚いてサングラスをずらし、細い目で辺りをうかがう。
ウシは百メートルほど後方で、コンビニの袋を持ったまま、なぜかジッと立っているのが目に入った。
チッと舌打ちをしたネズミは、仕方なく歩いてきた道を小走りで引き返していく。
「おい、おいっ、なにボーっと突っ立てるんだよ」
ウシはポカンと口を開けたまま、あらぬ方向に顔を向けている。
「おいってば!
上官の質問に返答せよっ」
「あ、あのう」
「なんだっ」
ウシはゴクリと嚥下し、ネズミを見下ろした。
「あそこ、なんでさあ。
あ、あそこに誰かいるんですぅ」
「あん?
どこだよ」
ネズミは背伸びしてウシが指さす方向を見やる。
道路の反対側、民家の間に田んぼや畑が続いている。
「うん?」
ネズミはサングラスを取ると、目を凝らした。
畑には夏の野菜類が元気よく育っている。
外灯はほとんど役に立っておらず、住宅から漏れる明かりでは全貌を確認することができない。
ところがよく見てみると、確かに畑の真ん中にボウッと白い影が浮かんだり消えたりしている。
「案山子じゃねえのか」
「いやあ、お、俺、目と鼻と耳はすごくいいんでやす。
動物界においては、じゅ、重要な能力だって、褒められたんですぜぃ。
ハテ?
誰にだったっけ?
あれ、さ、さっきからモゾモゾ動いてるんですよう」
ウシは見てはいけないものを発見したかのように、語尾を震わす。
「エッ!」
ネズミは声を裏返し、ウシの背後に隠れるように身体の位置を動かす。
「白い着物姿の、お、女のようなんです。
背中には赤ん坊を、お、おぶってるんでさあ。
そ、それに、聴いたこともない不気味な歌を口ずさんで」
その言葉に、ネズミは気づかぬうちにウシのシャツをギュッと握りしめていた。
「わ、わかった。貴官の報告は受理する。
ささっ、帰ろう。
早く帰って飯にしよう」
握ったシャツを引っ張りながらネズミはきびすを返す。
「あ、あれって、もしかすると、ゆ、ゆうれ」
「あーっ!
言うな言うなーっ。
上官の命令だ、早く、早く帰ろうよう」
ネズミは必死にウシの巨体を引っ張ろうと、試みるのであった。
~※※~
凜子と姫二郎は駅前の居酒屋カウンターで、焼き鳥にサラダ、お刺身の盛り合わせに冷やっこなどをあてにビールを飲んでいた。
「おかわりっ。
ヒメちゃん、あんたも飲みな!
どうせあぶく銭なんだからさ、パーッとやっちゃおうぜぃ」
すでに大ジョッキを軽く五杯飲みほした凜子は、店員に六杯目をオーダーする。
姫二郎はやっと最初の一杯を飲み終えたところだ。
「で、なんだって?」
アルコールに強い凜子は、すでに丸い頬を赤くしている姫二郎に問う。
「えっ?」
「えっ、じゃないでしょうに、ヒメ。
あの人形の来歴についてよ」
大ジョッキ二杯が運ばれ、二人の前に置かれた。
姫二郎は細い目でキンキンに冷えたジョッキを見つめ、いきなり飲み始める。
ゴボゴボと音を立てて黄金色の液体が、喉に流れ込んでいった。
「ぷはーっ」
一気にビールを飲み干すと、姫二郎は首を凜子側にまわす。
「凜子さん。
今から申し上げるお話は、本当の事なのかそれとも作り話なのか、僕にはわからないのですな」
「あの人形に関するってことだよね」
「さよう。
まさかそんな与太話と、一笑に付すのが良いのかもしれませんが」
真剣な表情の姫二郎。
凜子は自分も、ジョッキのビールを半分ほど喉に流し込む。
「わかった。
まずは、話してみてよ」
「はい。
あの人形をネットのオークションで見つけて、僕はすぐに手を挙げたのです。
その時点での落札最低価格は、なんと三百円でした」
「さ、三百円?
だって売りに出された当初は、五百万円とか言ってなかったっけ」
「ええ、そうですな。
ですから僕もあまりの安さに戸惑いながらも、それでもつばめさんからお願いされておりましたから、落札して手続きを取ったのです。
そしたらすぐに持ち主からメールが入り、本当に待ち構えていたかのような早さでしたけど。
落札した以上、責任を持って引き取ってほしいと、何度も念押しがありましてな。
僕はもしかしたら騙されてるのではと思い、落札を無効にしてもらおうとしたのです」
「そしたら相手から、十万円付けるから引き取ってくれって言われたのね」
「さようです。
それならと僕は引き取ったのですが」
姫二郎は大ジョッキの三杯目をオーダーする。
凜子もだまって残りを飲み干し、次は冷酒を注文した。
つづく
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