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第三話、ラストなの、と「赤ちゃんを、返してくださるかしら」
その一
この季節は、急に雷雲が発生する。
遠くの方で、ゴロゴロと空が地響きのような音を立て始めていた。
コンビニから足早にコーポに戻ったネズミとウシは、電灯の傘がないため、裸電球をポツリと点けた和室で、握り飯を頬張っていた。
ネズミは口元をふくらませ、せわしなく両目を動かしている。
裸電球の灯りはキッチンまで届かず、かえって夜の暗さを際立たせている。
「おい」
「へ、へーい」
「何かしゃべろ」
「えっ」
「こんな薄暗い部屋で男、二人が黙って握り飯を食ってるなんざ、絵にならねえ。
何でもいいから、話せ」
「へ、へい?」
ウシもすでにサングラスをはずし、点のような小さな目をしょぼつかせて宙を仰ぐ。
「え、えーっと。
さっきの畑にいたのって、やっぱし、幽れ」
「バ、バカ!
そんな話をしろなんて言ってねえし。
こう、もっと楽しくなるような話題はねえのかい」
「いや、しかしですな軍曹殿。
自分は前もってこの拠点の周辺情報を、収集いたしました。
そういたしますと、その筋では有名な心霊スポットがあるという事実を、掌握するのであります。
心霊スポットとは、墓地や古戦場、それに自殺の名所が代表格であります。
またトンネルや峠など、都市伝説として語られる場所、病院や学校の廃墟と呼ばれる建物も相当いたします。
そして問題なのは、過去に忌わしい事件や事故が起こった場所。
軍曹殿は、なぜこのアパートの家賃が格安であるのか、ご存じでありますか。
数年前にさかのぼります。
このアパートの一室で若い女性が自殺したという新聞記事を、市内の図書館より入手いたしました。
さらに調べると、その事実が隠ぺいされたまま、新しい入居者と不動産会社は契約いたしております。
入居したのは、またもや若い女性。
そこから想像を絶する恐怖劇の幕が切って落とされることに、あいなるのです
自殺した女は怨霊と化し、新しい入居者を、己と同じ地縛霊にしようと襲いかかったのです」
ウシは別の人格が主導権を握り、饒舌に語っていく。
ネズミは両耳を手のひらで抑え込み、喉をワアワアと鳴らしてウシの話を聴かまいとしていた。
ゴロゴロッ、とさらに雷の音が近づいてくる。
開け放した窓の外で、ぽつんぽつんと雨が軒を叩く音がする。
ピカッ!
一瞬窓の外にまばゆい光が走った。
ガラガラッドーン!
本格的な落雷が発生し、雨はさらに強くなってきた。
「ひやっ」
ネズミは耳を押さえたまま、畳の上に突っ伏す。
雨が矢のような勢いで窓から室内へ注ぎ始めた。
ウシは小さな目をショボつかせて、のそりと立ち上がると窓を閉めにいった。
カーテンのない窓を、ビシャビシャと太い雨が叩く。
ドオゥーン!
再び落雷があり、フラッシュを焚いたような閃光がガラス窓から相次いで差し込んできた。
ぼーっとその様子をながめながら、ウシはもしゃもしゃと握り飯を食べ続ける。
ネズミは布団袋からタオルケットを急いで取り出すと、四肢を折り曲げて頭からかむった。
「あー、せ、先輩軍曹、殿、あ、暑くないですかぁ。
俺が、う、団扇で仰ぎましょーかあ」
「いいからほっといてくれ!
おまえが変な話するから、余計に怖くなっちまったんだよっ」
「あー、あははぁ、そうですかぁ。
えーっと、お、俺は何の話をしてましたっけ?
うん?
この鮭のお握りは、し、塩加減がちょーどいいなあ。
美味しい」
稲妻が乱舞する夏の夜は、まだ始まったばかりであった。
~※※~
ごちそうさまでした。
やはりママの手作りキムチは、最高のおかずですわね。
五合炊いたご飯が、あっと言う間にわたくしのお腹に入ってしまいました。
だめねぇ、つばめは。
ちゃーんと腹八分目を守らないと。
その分、お夜食を少なめにしておきましょうか。
三合はいきたいところですけど、二合よ、つばめ。
なにか肩がこると思ったら、わたくし、ずーっとあなたをおんぶしたままだったのね。
ご飯に夢中ですっかり失念しておりました、申し訳ございません。
ママの手縫いの浴衣、じゃなかった経帷子って案外着心地がいいわね。
もうじき近くの公園で盆踊り大会がありますゆえ、ちょっと気取ってこの着物で踊ってみようかしら。
団扇なんぞを帯の後ろに挿しまして、屋台で魔法少女のお面を買って、それを顔にかけたらいいかもね。
うふふ、真っ赤な鮮血の飛び散った死装束。
ではなくて、ヒガンバナ模様の経帷子風浴衣を、華麗にまとった魔法少女。
お子さまたちから、サインなんぞをせがまれたりして。
でも町内にはお年を召されたかたが多ございますゆえ、いっそのこと日本手ぬぐいで頬かむりして、お能で使う般若のお面をつけますの。
それで豊作を祈願いたしまして、両手に切れ味抜群の鎌なぞを持ちます。
ハァー、やっとせっとなぁ、なんて音頭を取りながら、鎌を頭上で回転させます。
そのまま盆踊りの中心部へ、舞いながら駈け込みいたしますれば、拍手喝采間違いなしですわね。
うふふ。
あら雷さまの音が。
夏ですわねえ。
よいしょっと、さあここに寝て下さいな。
ああ、肩が楽になりましたわ。
そうそう、思い出しました!
確かあなたは、ハイハイができるってヒメさまが仰ってたわね。
お夜食までまだ時間がありますから、それまであなたとお遊びしましょ。
えーっと、スイッチ、スイッチと。
うわああぁん、ってこれは泣き声のスイッチ。
ハイハイのスイッチは、ああ、ありましたわ。
これね。
よいしょっと。
はい、どうぞ。
あら、動かないわね。
もっと強く押さなきゃダメかしら。
えいっ!
んっ?
この指先でもてあそばれている異物は何かしら?
まあ、これはスイッチじゃありませんこと。
わたくし、もしかしたら駆動用スイッチを壊してしまったの?
と思ったら、動き始めたわ。
すごいすごーい!
手と足がバランスよく前後するのね。
ゆっくりゆっくりと、赤ちゃんはハイハイしていきます。
どこまでいくのかしら。
そっちはキッチンよ。
包丁とかあるから気をつけて。
まあっ、キッチンへ入った途端、動きが早くなったわ。
手足がとてつもなく速く動いてるわ。
っと言うよりも、速すぎますわ。
ああっ、ぶつかる!
と思ったらうまく転回していくのね。
まるでお掃除ロボットのようですわ。
でも、スピードが全然違いますけど。
あっ、こっちへ来たわ。
でもすぐにUターンしてキッチンへ。
すごいわねえ、あなた。
近代科学の結晶、そう申し上げても過言ではございません。
じっと見ていると、あまりの速さに目まいがしてきそう。
ドドーンって地響き。
これはすぐ近くに落雷があったのね。
花火大会も楽しいのですが、雷さまは臨場感がたっぷりだから、わたくしは大好きです。
ちょっと電灯を消しまして、カーテンを全開にしてっと。
あっ、稲妻が走りましたわ!
直後にズバーンと落雷。
キャーッ、花火なんて目ではございませんわね。
いっそのこと、外へ出て直接観覧いたしましょうかしら。
雷さまのライブをせっかく楽しんでおりますのに、この子ったらチョンチョンわたくしの足に攻撃を加えてきますわね。
少しはジッとできないのかしら。
そうだわ、スイッチを切ればようございますわね。
早く気付けばよかった。
動き回るから、なかなか取り押さえられないわ。
こらぁ、観念しなさいな。
だめ、追いつかない。
仕方ないわね。
そうだわ、ママが送ってくれた段ボール箱を使ってみましょう。
そーれぃ!
惜しい、あと少し。
はい、捕まえた。
残念でしたわね。
おねえさまが雷さまを楽しむ間だけ、あら、あらら、この子ったらむき出した牙で段ボール箱を食い破ろうとしているわよ。
悪い子ね。
そんなことをする子は、許しませんことよ。
こうなったら、お仕置きですわね。
押入れにしばらく入ってなさいな。
つづく
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