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【二】
『あー気持ちの良い朝!』
なんて独り言を言ってみた。が、そもそも聞こえない。というか笑えない。視線の真下できちんと死んでいるわたしは、ただ眠っているみたいに行儀よく布団に収まっている。
ママが部屋に入ってきた。なんというひどい顔だろう。二日酔いで「あー飲み過ぎたわー」なんて台詞を吐く漫画のキャラみたいに、目の下に分かりやすい巨大なクマができている。
パパも入って来た。ママの肩にそっと手のひらを乗せている。あ、これ見たことある。ドラマかなんかで自分の娘が不慮の事故で死んだあと、お家で見せるあの仕草だ。なんだ、わたしの状況そのまんまじゃないか。ちょっと笑える。
なんとなく辛くなってしまって、わたしはママとパパから目を背けた。くるっと首を動かしたその力で、わたしの体が天井のほうを向いた。
ふいに、鼻が天井にぶつかりそうになる。
『わ、わ』
痛い! と言いかけたそのとき、わたしの顔は天井を突き破って空を見ていた。青い空と白い雲、ってそんな馬鹿な。
『移動できるんだ……』
綺麗なひこうき雲が向こうに見えた。どうやらわたしは空を飛べるようになったらしい。割とあっさりとその事実を受け入れ、しばらく浮遊を楽しんだ。そして思った。
意外といいかもしんない。
ひゃっほい、なんて生きていた時は絶対に言わなかったこともノリノリで叫びながら、わたしは飽きるまで空を飛んだ。そんなに高い所は飛んでいないはずなのに、何故だか人の姿は見えなかった。
いつの間にか陽が落ちようとしている。光が無ければ見えにくくなるのは死んでも同じらしい。わたしは部屋に戻ることにした。
相変わらず、眠ってるだけですけど何か? という顔をしているわたし。そういえば、あの顔にかける真っ白い布は、自宅では使わないものなんだろうか。どうでもいいことを考えていると、ママとパパがまた部屋に入って来た。
ママが何か言っている。声は聞こえない。ママの口元を凝視しても、声は聞こえない。わたしは急に猛烈に寂しくなって、わたしの見えない部屋の隅に移動してうずくまった。
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