職場

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「椎名さんて結構遊んでると思ってたよ」 シャワー室からもどった杉本が言う。 腰にバスタオルを巻いただけで出て来た。 すっかり帰り支度をしている私に驚く。 「泊まらないのか?」 「はい…帰ります。母から電話がかかってくるので。」 「こんな時間に」 「はい」 嘘だろ、と言いたげに杉本が笑う。 杉本は部屋を取っていた。 話をしたい、と言って話だけで済まない事は 勿論分かっている。 手首をとられ、部屋まで引っ張られて連れ込まれるといきなり 抱きすくめられた。 「やめて」 「ジャケット脱ぎなさいよ。」 ベッドの上に突き飛ばされる。 怖い。 「ゆっくり話そうじゃないか。」 背広を脱いだ。隣に座る。 「杉本さん、こんなことして」 「誰か、こうなったら困る人がいるのか? いるなら今のうち正直に言ってくれ。 僕だってそんな女性とどうかなろうとは 思っていないんだ。 椎名さんが惹かれているだけの人でも、 いるんなら教えてくれ。」 この人は、そんな人がいなくても嫌だということが 分からないのだろうか。 いない? そうだ。伊織。 いや。 伊織は「困る人」じゃない。 私が誰と関係してもいいように、伊織が誰を抱いても 文句を言わない。 だから、私が杉本と関係したからと言って 私は伊織に対していけない事をしたと困る必要がない。 私が困れば、伊織を縛ることになる。 困らないのではなく、困ることさえできないのだ。 伊織と私は、結局そういう約束をしてしまったんだと分かった途端、 体中の力が抜けた。 「いません。」 「へえ、素直じゃない。」 杉本が覆い被さって来た。 膝をたて、脚を開いた大きな人形みたいな私を杉本は抱いた。 経口避妊薬の事は言わなかった。 勝手に避妊して、ゴワゴワしたものを私のお腹に突っ込んで、 勝手に果てた。 私の胸にご執心のようだった。 お願いだからなんの跡も残さないで、と心の中で懇願した。 タクシーを拾ってアパートに戻った。 タクシー代は、私にとって背筋が凍るほどの大金だったが、 とにかく早く戻りたかった。 もう10時を回っている。 シャワーを浴びた。 伊織に連絡した。 幸いすぐにつながった。 「あ、森田君。よかった」 「どうしました?」 「会えないかしら。こっち。私のアパート。 来られないかしら」 少しの間沈黙。 「わかりました。今から向かいますね」 ほっとする。 雨が降って来た。
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