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「ちょっと車止めます」
33歳公務員との見合いのあと、伊織と会おうと思った。
「はい。いいですよ。こんばんは。」
伊織の声は爽やかだ。
私からの電話を待っていて、
話せるのが楽しいと言った風に聞こえる。
「お忙しい所ごめんなさい」
日時を告げ、その後会えないかと尋ねる。
いつもなら、なんとか都合を開けると言う伊織が黙り込む。
「晴れ着ですか。見たかったですね。」
なんだか、感情を押し殺したような無表情な言い方をする。
「お見せしますよ。着替えないでおく。」
「いえ…お見合いでしょ?」
「うん」
「その人と結婚するかも知れないんですよね?」
「え…」
今度は私が黙り込む番だった。
当たり前のことだが、お見合いは、結婚相手を見つけるために
するものだ。
その当たり前の事を、私は全然気づいていなかった。
私は見合い相手との結婚なんてハナから考えていない。
伯母の顔を立て、伯母が持って来た晴れ着を着て仕方なく
相手の男に会ってやるくらいしか考えていなかった。
もちろん伊織との今の関係をやめるつもりもない。
「だったらもう…」
「待って、待って森田君。とにかくお見合いの後連絡する。」
「そうですね。結果いかんで…」
「また連絡します」
続きを聞きたくなかった。
結果なんて最初から分かっているのに。
でも。
これからこういう事は
私ばかりじゃなく、伊織にだって当然あることだ。
そこは私たちの関係から言って、
どちらにも止める権利はない。
伊織を失う?
そう思った途端からだ中に悪寒が走る。
こわばる。痛い。
脚の力が抜けた。
自分で自分のからだの反応に驚きながら
壁を背にしてすわり込んでしまう。
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