悪寒

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結局その日、私は予定よりかなり早い時間に 伊織の車の助手席にいた。 33歳公務員と、ホテルの日本庭園を二人でお散歩中に、 破談となったのだ。 こう言う事の式次第というのは、何十年経っても変わらないらしく 向こう様のご両親、こちらの母と伯母のご挨拶を済ませ、 おいしくちょっぴりのごちそうを食べ、 二人でゆっくり庭でもみていらっしゃいと送り出された。 動きにくい、年増には派手すぎる大振袖を、この男はどう見ただろう。 男は当然の様に先を行く。 どんどん奥に進み、後に私がついてこないのにやっと気づき 振り向いて丸い飛び石の上で待っている。 私は着物で身動きがとれないのと男の早足に腹を立て、 追いつこうともしなかった。 ゆっくり彼の前に立つ。 「着物を着慣れないもので」 「ああ、そうですか」 お互い目も合わせない。 「ところで…」 とあたりを見回す。 誰もいるはずがない。あの座敷からしか入れない、 私達のための貸し切りだ。 「これ、大事な事なんだけど…」 「はい?」 顔を上げると、初めて男と目が合った。 眼鏡の奥の瞳が、なんとなく好色そうにぎょろついている。 「君、もちろん処女だよねぇ?」 思い切り横っ面をひっぱたいて走って戻った。 花緒が足指の間に食い込んで痛かった。 きっと毎回これをやらかして、 好条件の人気物件にもかかわらず、 こうして売れ残り続けて来たんだろう。 やっぱり残り物には何か裏があるものだと、みじめになった。 ホテルの人を捕まえて伯母を呼んでもらい、 失礼にもほどがあるのでお断りすると言ってホテルを出た。 男は庭から出てこなかった。
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