悪寒

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伊織は予定時間よりだいぶ早く私から連絡が来たので驚いていた。 先方が男性経験の全くない女性を希望していたから 横っ面をひっぱたいてお断りしたと伝えた。 伊織はそうですか、と少し笑った。 断り方がおかしかったのか、 私に処女性を求める無茶を嗤ったのか、 破談になったのが嬉しいのかわからない。 晴れ着も「どう?」と袖を広げて一回りし、 文庫結びとやらまで見せたが、 「きれいですね」の一言だ。 目が合ったら顔を赤くして目をそらしたので、 ああ私の晴れ着姿が気に入ったんだなと分かった。 夏になり伊織が半袖を着ているので、 私は袖から伸びた腕を観て楽しむ。 「階段、昇れますか」 アパートに着くと伊織が先に立ち、手を伸ばす。 本当は昇れたかもしれないけれど、伊織に手を引いてもらい、 部屋までたどりついた。 「晴れ着を着て手を引かれるなんて映画みたい」 「映画?」 「『春琴抄』」 「あー…原作は読みました」 「じゃあ、もう少し付き合って」 二人寝室に入る。 「着替えさせて。」 伊織は「勿体ないですね」と言って、 それでも付き合ってくれた。 当然晴れ着を脱がせだところで映画ごっこはおしまい、 二人抱き合ったのだけれど、 いつまでこうしていられるのかと、不安になる。 実はもう一つ懸案事項があった。 それはすぐに、最悪の形で現実になった。
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