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職場
「椎名さん、悪い、この連絡票見て」
上司の杉本主任が居宅介護支援事業所から贈られてきたFAXを掲げる。
私はカウンターの中に入り、連絡票を受け取る。
「なんで返戻になったかわからないんだ」
「届出書のFAXもありますね。はい。」
分からない時は
たいてい自治体の介護保険担当課がデータの入力を間違えた時だ。
自治体に電話する。やはりそうだ。
「主任。O町のほうで有効開始日を入力誤りしていたとのことで、
今月の再請求に間に合うよう修正してくれるそうです。」
「またかよ…」
返戻とは、国保連(国民健康保険団体連合会)が介護報酬の請求内容が
正しいかどうか審査し、その結果
内容に誤りがあるため請求がはねつけられたということだ。
自治体が国保連に送る介護サービスの利用者データとも突合し、
相違があった時にも返戻は起こり、今回はそのケースだ。
自治体のデータに誤りがあっても、事業所にはお金が振り込まれない。
「居宅さんに連絡しておきますね。」
舌打ちをしながらぼやく杉本を尻目に私は連絡をすませ、ホームの仕事に戻る。
「憩いの家」の経営母体は医療法人で、ケアプランを作る居宅介護支援事業所、
デイサービスを提供する通所介護事業所、
デイケアと呼ばれる、通いでのリハビリを提供する通所リハビリテーションセンターも
経営している。
「憩いの家」は住宅型の老人ホームなので、要介護1から要介護5の入居者が
介護サービスを受けたい時には居宅介護支援事業所が入ってケアプランを作る。
そしてデイサービスを望めば同じ系列の事業所に通わせるというわけだ。
勿論、系列法人のサービスばかり使ってはいけないことになっているけれど。
私は老人ホームの職員だけれど、
だんだん他の事業所の書類も扱うようになってきた。
一段落して自席に戻ると、杉本が近づいてきた。
「いつも悪いな。居宅のケアマネよくわかんないみたいでさ。」
「いえ。お忙しいんですね」
愛想笑いを返す。
「お礼に今晩おごるよ。」
この人は私に他の事業所の仕事をさせてはおごってくれる。
家計的には助かるけれど、なんだか気が重くなってくる。
上司が機嫌よさそうに言ってくるので、断りにくい。
「はあ。いつもすみません」
「いえいえ。」
ふ、と笑った顔が意味ありげに見えて何だか不安になる。
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