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いつもは近くの定食屋や居酒屋なのに、
今日は隣のO市まで出かけて
割と格式あるホテル屋上のレストランだった。
ディナーコースから好きなものを選べと言う。
「あの、主任。たったあれだけの事にこんな、いただけません。」
「んー予約しちゃってるから、とりあえず食べてよ。
椎名さん普段から真面目だし、いろんなことやってもらってるからさ。
たまにはこんな食事も、いいんじゃない?」
「はあ…。」
借りが増えた気分になり、ますます気が重くなる。
酒のたぐいは全てお任せにして、杉本と同じものを頼んだ。
「椎名さんてさ、結婚とか、考えてないの。
いや、セクハラとか、そういう風にとってもらったら困るけど」
前菜を咀嚼しながら杉本が聞いてくる。
そら来た、と私は身構える。
セクハラじゃないと言っても独身アラサー女の身辺には
誰だって興味津々だろう。
用意している決まり文句を口に出す。
「私介護の仕事好きなんです。今はまだ結婚は考えられません。
仕事を全うすることを第一に考えています。それに資格を取って…」
「僕交際申し込んでるんだけど。」
「え!?」
思わず顔を上げる。フォークが手から滑って皿の上で
大きな音を立てる。そうだ。杉本は「予約」と言った。
今日私が他の事業所の仕事をしなくても、
杉本は私をここへ連れてくるつもりだったんだ。
「今まで食事に誘って、一緒に仕事して、気づかなかったんだ。」
途端に杉本はがっかりしてるのか怒ってるのか分からない顔になる。
「あの…私なんて、もう28ですし。
そんな、主任がそんな風に思っていてくださるなんて、
全然…思いもつかなくて…。
あの、ありがたいお話とは思うのですが…」
しどろもどろになる。
「僕だって31だし、そろそろ身を固めたいと思ってるんだ。
どうしても僕が嫌だと言うわけじゃなければ、付き合ってみないか」
「…」
嫌とかそういう事じゃない。結婚はしないと言っているのだ。
私の上っ面しか見ていないくせに。
私がどんな女か知らないくせに。
会話が続かず、気まずい中で食事が終わった。
会計をすませ二人無言でエレベーターの前に来る。
「ちょっと一緒に来てくれないか」
「あの、どこへ」
「話をしたい」
杉本がエレベーターのボタンを押す。
1階のボタンじゃなかった。
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