君のなくしものは。

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 日中はうだるような暑さになる夏の盛りだというのに、朝独特の冷たく清々しい空気に包まれたホームで電車を待っていると、反対側のホームにあの子の姿を見かけた。  スーツ姿の勤め人や学生、列をなして立ち並ぶ人々の間を掻き分け、ずっと下を見つめながら、やはり今日も探し物をしているようである。  同い年なのか、あるいは一つ上か下か。同じ高校生であることに間違いはないが、着ているセーラー服調の制服は他校の生徒のものだ。  ともかくも、長く麗しい黒髪をなびかせ、少々不健康そうに蒼白い顔をしてはいるが、どう見ても美人の部類に入るカワイイ女の子である。  春は桜の頃だったから、もう四ヶ月くらい前になるだろうか? やはり今日と同じように、登校のための電車を待っている時に彼女を見かけ、それ以来ほぼ毎日、僕は線路を挟んだ向こう岸(・・・・)に彼女の姿を目で追っている。  どうにも、彼女のことが気になってならないのだ。  「恋」といえばそうなのかもしれないが、そうじゃないようにも思う……特にあの夜(・・・)からというもの、僕の彼女に対する思いは日に日に強くなってきている。  だが、一度として言葉を交わしたこともなければ、名前も知らず、学校も、電車の方向すらも違う……所詮はただ使ってる駅が同じだけの、まったくの赤の他人である。  こんなに強く思っていても、きっと彼女は僕の存在にすら気づいていないのだろう。  だけど、僕は彼女が探しているものが何であるかをよく知っている……なぜならば、あの夜(・・・)、偶然にもそれを僕が拾ったのだ。  いや、早く返してあげなくてはと、ずっと思ってはいる。でも、話しかけるきっかけ……いや、勇気がないのだ。  きっと僕のことなんか見えてなさそうだし、ガン無視されたりしたらどうしよう……そんなネガティブな感情が先立ってしまう。  それに、今もそれ(・・)は大事に鞄の中に入れて持ち歩いているのだが、彼女の一部であるそれを持っていることが、唯一、僕と彼女を関係づけているものであるというか、僕にとっても大切な宝物であるそれを手放したくはないのだ。
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