第1章

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 「何故、この様な事を?」 質問に対し、男は鼻で笑い、精悍な顔付きを歪ませながら返事をする。 「そんな疑問を持たれる事が可笑しい。私は、ただゲームセンターで好きなぬいぐるみを、取ろうとしただけではないですか」  まるで、信じられないとでも言いたげな表情で、首を左右に振りながら、質問者に発言した。  そんな男の態度に、はらわたが煮えくり返りそうになったが、長年の経験がその衝動を抑えつけた。舌打ちをこらえ、質問を続ける。顔には苛立ちが募っていた。 「周りの喧騒に気付かなかったか?」 次の質問に対し、男は腕組みをし、踏んぞりがえりながら答える。 「周り?何故、周りなんか気にする必要があるんですか。人間誰しも、好きな事に夢中になれば、気付かないものですよ」  先程と同じ表情で答える。私が正しい。私は間違っていない。と全身から、その雰囲気が伝わってくる。その態度に自分の気持ちが引っ張られていかないように、また、質問を続けた。 「そんなに夢中になってまで、ぬいぐるみが欲しかったと?」 鼻持ちならない表情で、男は黙って頷いた。当然であろう。と表情だけで物語っている。 更に、質問は続く。 「質問を変えますが、私の姿を見て、何か思われませんか?」 男は、眼を見開き、粘つく視線で質問者の姿を数秒間視認するも、 「特に、何も思いませんね。何か問題でも?私の知り合いではないようですね」 男の返事を聞き、向かい合って座っていた、質問者は大きく項垂れた。すぐに頭を上げ、呆れた表情で問いかける。 「ぬいぐるみは、どのようにして取られたんですか?」 「ゲームセンターのUFOキャッチャーに決まっているではないですか。一万、二万は軽くかかりましたよ。何日も前から、目を付けていましてね。ずっと、アームの強さ、ぬいぐるみの配置等を記憶し、挑み続けていました」 「なるほど……」 始めて、共感を得られたせいか、男の独白は続く。何が何でも、自分の言葉を聞き入れて欲しいようだ。 「あのぬいぐるみはプレミアが付く程の、レアな物でしてね。通販で買う?そんな馬鹿な真似はしません。何の為に、わざわざゲームセンターへ、足蹴く通っていたと思うんですか。あのつぶらな瞳。撫でたくなる毛。抱き心地の良いであろう形……誰でも、あのぬいぐるみに心奪われたと思いますよ」
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