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しっかりと血抜きされたシカ肉をゆっくりと焼いていく。
「本当は大回りで町に行こうとは思ったんだが、商談が早まっちまってな。仕方なく山越えを選んだんだが、まさか山賊に襲われるなんて思ってなかったぜ」
肉を豪快に食いちぎりながら、アインスはまた話し始める。
「嬢ちゃんはなんでわざわざ山越えにしたんだ。遠くでも街道を通って行った方が安全だし、快適だろ?」
「こっちの方が人いないから」
魔女を快く思わない人間はたくさんいる。できる限り接触は避けた方が面倒くさいことにはならない。長年旅をして学んだことだ。
「まぁ嬢ちゃんがいてくれたおかげで、俺はこうして助かったからいいけどよ」
「おじさん、本当に商人なんだよね?」
お酒を取り出したアインスを見て不安になる。
「ヒゲ剃ってないからか?」
「いや」
アインスの元から持ち合わせている風貌はどちらかというと、体力系の仕事を生業としているタイプだ。
「これでも商談は得意なんだ。この通りの身体だから、運搬も自分でやったりする。その方が安上がりになるし、直接人と話すのが好きなんだ」
中までしっかりと火の通ったシカ肉を一口かじる。脂がじわっと口の中に広がった。町で加工済みの肉を食べることはあっても、野生の動物を狩ることは滅多にない。なつかしい味だ。
「積荷の中身は何?」
「あまり知らない方がいいもんだよ」
「火薬?」
「分かってんじゃねーか。嬢ちゃんも気ぃつけろよ」
「私は大丈夫。そんな簡単に死なないから」
「さっきも強かったもんな。でも油断してるとやられるぞ。……この世で一番怖いのは何か分かるか?」
「魔女、じゃないの?」
「大抵の人間はそう言うかもな。でも大抵それは怖いと言ってもただの恐怖だ。滅多に出会うもんでもねぇ。一番怖いのは人間の集団意識さ」
「どうゆうこと?」
「魔女なら分かるだろ。みんながみんなして敵と認識したモノを攻撃するんだ。どうして、なぜ、ということを考えずにだ」
きっと彼も同じ光景を思い浮かべている。
魔女と“決められた”女性が貼り付けにされ、石を投げられ、火あぶりにされた事件。ライゼンデも直接見たわけではない。それでも伝えられる話で光景はリアルに脳内に表現される。
「確かに私の姉さんも同じようなこと言っていたかも。人間には気をつけろって」
少女は遠い目をする。薄い桃色の瞳に映るのは焚火のオレンジ。
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