2人が本棚に入れています
本棚に追加
/197ページ
李乃は、悪天候下でのトレーニングの為に、敢えてこんな日にも飛んでいた。
あれからエアレースのパートナーを探していないわけではなかったが、勁二郎を諦めたつもりも無かった。
「どうして俺なんだ?」
勁二郎が、荷と李乃を乗せた飛行機を持ち上げて助走。速度が付いたら後ろから飛び乗った。
「――この前のこと、覚えている? ……君、初めてだったのにこの子に優しかったから」
「そんな曖昧な事で良いのか?」
彼女は、ふふっ……と笑った。
「飛行機の歴史そのものが浅いから、大ベテランなんていない。だから、今から始めても全然遅くないよ」
なんとなく飛行学校での噂を思い出す。
もしかしたら、この子が……? この子が俺のような未経験者に声をかけたのは、本当にそれだけなのか?
勁二郎も一緒になって漕いだ。凄い勢いで空を駆け上がっていく。雨粒は上からでなく、前から降り注いだ。大地との距離感がはっきりしなくなった頃、黒々とした雲に突っ込んだ。
「ぶつかる!」
思わず叫んだ勁二郎に李乃は大笑いした。
彼女の背中と両翼だけが見えた。このまま飛び降りたら、雲の上に着地出来そう。思わず勁二郎がそう思ったくらいに雲は厚い。
すぐに抜ける。
突き抜けた先は、抜けるような青空がどこまでも拡がっていた。厚い雲の草原が眼下で波打っている。
騒がしかった雨の音が止み、風の音が静かに長く尾を引いていた。
「まるで別の世界に来たみたいだ……」
「でしょ? 空の上には雨が降ってないんだよ」
「そうか……雨って雲から降っているんだっけ」
「そこから?」
目的地へはあっという間に到着した。帰りも雲の上を飛んで帰った。
「ありがとう。助かったよ。――あ、そうか、お礼……! 何かしたい」
「じゃあ、私と勝負して。勁二郎が買ったらもう絶対につきまとわない。好きにして。でも、あたしが勝ったら……パートナーになって」
「だから、そういう勝った負けたが嫌なんだ」
「うーん……。飛ぶだけならあたしとでなくても出来るかもしれない。でも……」
李乃は言葉を探して言い淀んだ。
「――ねえ! ちょっと、自分で操縦してみない?」
「まずは自分の力で飛んでいるって感覚を味わって欲しい。舵はこっちでやるから、好きに漕いでみて」
勁二郎は李乃と前後の席を替わった。
最初のコメントを投稿しよう!