第1章 Ⅰ-3

2/4
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/197ページ
 李乃は、悪天候下でのトレーニングの為に、敢えてこんな日にも飛んでいた。  あれからエアレースのパートナーを探していないわけではなかったが、勁二郎を諦めたつもりも無かった。 「どうして俺なんだ?」  勁二郎が、荷と李乃を乗せた飛行機を持ち上げて助走。速度が付いたら後ろから飛び乗った。 「――この前のこと、覚えている? ……君、初めてだったのにこの子に優しかったから」 「そんな曖昧な事で良いのか?」  彼女は、ふふっ……と笑った。 「飛行機の歴史そのものが浅いから、大ベテランなんていない。だから、今から始めても全然遅くないよ」  なんとなく飛行学校での噂を思い出す。  もしかしたら、この子が……? この子が俺のような未経験者に声をかけたのは、本当にそれだけなのか?  勁二郎も一緒になって漕いだ。凄い勢いで空を駆け上がっていく。雨粒は上からでなく、前から降り注いだ。大地との距離感がはっきりしなくなった頃、黒々とした雲に突っ込んだ。 「ぶつかる!」  思わず叫んだ勁二郎に李乃は大笑いした。  彼女の背中と両翼だけが見えた。このまま飛び降りたら、雲の上に着地出来そう。思わず勁二郎がそう思ったくらいに雲は厚い。  すぐに抜ける。  突き抜けた先は、抜けるような青空がどこまでも拡がっていた。厚い雲の草原が眼下で波打っている。  騒がしかった雨の音が止み、風の音が静かに長く尾を引いていた。 「まるで別の世界に来たみたいだ……」 「でしょ? 空の上には雨が降ってないんだよ」 「そうか……雨って雲から降っているんだっけ」 「そこから?」  目的地へはあっという間に到着した。帰りも雲の上を飛んで帰った。 「ありがとう。助かったよ。――あ、そうか、お礼……! 何かしたい」 「じゃあ、私と勝負して。勁二郎が買ったらもう絶対につきまとわない。好きにして。でも、あたしが勝ったら……パートナーになって」 「だから、そういう勝った負けたが嫌なんだ」 「うーん……。飛ぶだけならあたしとでなくても出来るかもしれない。でも……」  李乃は言葉を探して言い淀んだ。 「――ねえ! ちょっと、自分で操縦してみない?」 「まずは自分の力で飛んでいるって感覚を味わって欲しい。舵はこっちでやるから、好きに漕いでみて」  勁二郎は李乃と前後の席を替わった。
/197ページ

最初のコメントを投稿しよう!