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地平線が波打っていた。シーツの草原と青味がかった薄紫の空。どの方向を向いてもその光景が広がっていて、シーツの風にはためく音が、唯一、自然の音だった。とても平穏で、ここが大半の生物にとっては死の世界だとはとても思えなかった。ともすれば、勁二郎はその事を忘れそうになる。
目下、高度は1万8000m(5万9000ft)。高高度降下用『魔法の絨毯』は地上に向けて自由落下中だった。魔法の、と言ってもこれにはただ落ちるだけの機能しか無い。下敷きを高い所から落とす所を想像して欲しい。大抵は4辺の内の1辺を下にしてすとんと落ちるだろう。が、上手くバランスを取って傾かないようにすれば、ゆっくりと滑空させる事も出来る。これはそういうものだった。
十数人ほどの人と荷が小さく離れて点在していた。シーツみたいと言っても実際はもっと固い。シーツの端が見渡せないほど大きく波打つ事も無く、大きな凧の上に乗っているようなものだ。骨組みの入ったカンバス地の下には地面は無い。4人の超典種が600m四方の『魔法の絨毯』の四隅に陣取り、重心のバランスや『絨毯』の張り、傾きをコントロールする事で高高度からの降下を可能にしていた。
超典種。それはこの星のどこででも見られる、この星では普通の人間だが、人類全体で見れば少数民族だ。気圧が地表の50分の1、気温マイナス56度でも平然としていられて、20km先の鳥の羽毛の一本一本まで見分けられるけど、この星ではそれは普通のことだ。勁二もそんな、どこにでもいる当たり前の人間の一人だった。
「違った。鳥じゃない。なんだ、あれは」
見間違えるのも無理は無かった。高度にして6000m(2万ft弱)は下方を飛ぶソレを、勁二郎は今まで一度も見た事が無かった。
翼を傾けてこちらに上がってくる。ぐんぐん近付いてくるソレには人が乗っていた。10kmほどの距離で翼を振って挨拶を送ってくる。その翼は生き物ではないようだった。その仕草が挨拶だとは気付かなかった勁二だが、手を振り返していた。
『魔法の絨毯』は凧と同様に縦横に走る骨組みに支えられている。勁二は骨組みの上を歩いて端を目指した。端まで40mほど手前で、勁二は一歩前に出した足を引っ込めた。掠れた赤い線が左右に伸びていた。一応の注意を喚起する線らしい。
「こいつに乗るのは初めてか?」
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