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50m程先から別の旅行者が話しかけてきた。激しい風音の中、小さな声だったが十分会話は出来た。
「こんな高さから落ちるのは初めてだ」
「だいたい、高度1万7000(5万6000ft弱)ちょっとってところか。飛び降りるのは止めておいた方がが良い」
「落ちたらどうなるんです?」
「荷物がグシャッとなる」
「痛くないかな」
「おめえさんが、この程度で骨折したりするような軟弱じゃなけりゃあな。せっかちな奴は途中で降りる」
「はあ」
勁二は線を跨いだ。
端からの景色を見てみたかった。とはいえ、あまり端の方に立つ事は出来ない。骨組みが入っているとはいえ、あまりにも端に重みがかかるとそこだけ撓んで足場が不安定になり、落ちてしまうだろう。勁二は数m手前で立ち止まった。
「空が広い」
遙か遠くまで開けた光景に目を奪われた。小さな島で生まれ育った勁二は、こんな広い世界を見た事が無かった。
「綺麗な所で良かった」
思わずそう呟いた。父親に腑抜けた根性を叩き直してこい、と家から追い出されてやってきた所がここで良かった。
突風が真下から吹き上げ、足場がぐにゃりと形を崩した。
田舎者の勁二には見る物聞く物全てが初めての体験だった。これはどうしたらいいんだ? どうすべきなんだ? と悩んでいる間もなく足下からシートが消えていた。クビを巡らすと、数十m下方で大きく波打つ『絨毯』が見えた。
「びっくりした。これが内地の重力かあ」
幸いこのまま放っておいても、また『絨毯』の上に軟着陸しそうだ。
「あ……」
『絨毯』の端から自分の荷物がポロリと落ちるのが見えた。
「待って、荷物ー!」
勁二は平泳ぎで荷物を追いかけた。だが、無情にも勁二の荷物は元気良く遠ざかっていく。勁二郎の荷は、実家で使っていたチェストを改造したトランクに身の回りの物を詰め込めるだけ詰め込んできたものと、今肩にかけている小振りの鞄のみ。ぴゅーんと落ちていくのはトランクの方だ。地面に激突すればもちろん粉々になる。衣服以外の物は無事では済まないだろう。
こんなおかしな乗り物(?)でしか地上に降りられないのが、そもそもおかしいんだ! だから嫌なんだ。超典種は大雑把で……!
いくら毒突こうがどうにもならない。平泳ぎをクロールに切り替えて、勁二郎も矢のように落ちていく。
「何故追いつけない!」
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