第1章 Ⅰ-1

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 勁二郎が止める間もなく、彼女は飛び出した。彼女は翼の縁を掴んで翼上を走る。左翼が沈み込む。咄嗟に左右のグリップを反対方向に傾けた。左への傾きを打ち消すように同じだけ傾けたつもりだったが、機首が右に逸れ、機体が右に流れていく。  どうすれば……!  慌ててすぐにグリップを先程の位置に戻したが、機体は沈み込み、トランクが遠ざかっていく。  だが、それも一瞬だった。彼女が左翼の上を二歩で翼端まで駆け抜け、手を一杯に伸ばした。 「ほっ」  ギリギリだった。翼端を足の指先で挟み、全身をピンと伸ばしてトランクに手が届いた。彼女の勢いのまま、機体はくるくるとロールを始めた。彼女が身を縮めると回転が速まった。勁二郎が左右に一つずつある操縦桿を掴むと、機体は出鱈目に動き始めた。だが、勁二郎はすぐに、左右それぞれの操縦桿を倒す向きで機体が決まった動きをする事に気付いた。左の操縦桿を回転とは逆に倒す。  回転が止まった。  勁二郎の顔に笑顔が浮かぶ。 「ありがとう。トランク、助かったよ」  彼女は翼の上から微笑み返した。コクピットの縁を掴み、翼の上に立つ彼女は、風を受けて気持ち良さそうだった。 「――ねえ。飛行機は初めてじゃなかったのね」 「え? 見るのも初めてだよ。これは何の為にある乗り物なの?」  勁二郎が訊くと、彼女は笑い出した。心底、楽しそうだった。 「もちろん、……飛ぶためだよっ」
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