僕は死ぬために生きている。

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その夜。 ヒサトは僕の部屋に来た。 表情はいつもと変わらず、にこやかだ。 王はヒサトに明日、僕が死ぬことを教えていないのだろう。 ヒサトはお気に入りの本を持ち込み、僕の隣に陣を取り、机に本を広げながら指をさしながら内容について語り合った。 僕の様子を伺いながら喋るヒサトの気遣いを明日殺される僕は嬉しく思った。 「どうしたのですか?」 珍しく表情の変わる僕に不信を抱いたのか。 ヒサトは僕の顔を覗き込むように見上げてきた。 その表情は不安に満ちていた。 「何が?」 とぼけた振りをして僕はヒサトに聞いた。 「あの私がいうのも可笑しいかもしれませんが、貴方の表情がいつもより柔らかいと感じてしまって。今日、父に呼ばれていたみたいですが、何かありましたか?」 「こういう顔はダメだろうか?」 「いえ!その…、もっと見たいです」 いきなり叫んだかと思うと、小さな声で返事を返してきた。 「変なヒサトだ。僕の表情に興味を持つなんて」 「変ではありません!私は貴方の笑った顔が見たくて…」 「ん?どうした?聞こえないよ」 僕は小さなその声を聞こえない振りをした。 もっとヒサトの声が聴きたくなったのだから。 「今日の貴方は意地悪です」 「ヒサトが変な事を言うからだろう?」 「変ではありませんといっているのに!」 屁理屈には屁理屈で返した。 だってこれが最後だとわかっているのだから。 僕にもこんな感情があったのかと今日やっとわかったのだから仕方のないことだった。 そうか。 これが愛しいという感情なのだろう。 「ヒサト」 「なんですか?」 散々にいじめてしまったヒサトは拗ねながらも、僕の声に反応した。 「お前は自由に生きろ」 ヒサトは驚いた様子で僕を見つめた。 一瞬間を置いて、隣の僕の腰にしがみついて来た。 顔を僕に押し付けて埋めてきたその頭を僕は撫でた。 愛おしく、優しく撫でた。 「…なんだか、お別れの挨拶のようで私は嫌な気分になりました」 呟く言葉に何をおもってやればいいのかわからない僕はただ一言。 「すまない」 「謝らないでください。もっと嫌な気分になります」 「どうすればいい?どうすれば気分が晴れる?」 「…今日、一晩、私とお話してください」 「夜ふかしは良くない」 僕からの否定と捉えたのか。 ヒサトの表情は曇ったままだ。
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