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◆26・眩く昇る黄金龍
「おっと――何が飛んできたかと思えば、いつぞやの小僧か」
背に衝撃。
砲丸の如く吹き飛ばされていたが、大きな手で受け止められた。
まだかなりの速度があったはずだが、それを全く意に介さない膂力の持ち主であるらしい。
「あ、あぁ……すまねぇ。世話かけたな」
体勢を立て直し振り返れば、白銀の鎧に紅き外套を纏う偉丈夫――王女リアレの護衛騎士隊長ドウマが、大剣を肩に担いで仁王立ちしていた。
背後には、同色の鎧を纏う部下以外に、白蒼の鎧で武装したラーシュの部下たちも多数控えている。
動員が、あまりにも早い。
事が起こってから、まだそれほど時間は経過していないはずだが。
「なんだ、ラーシュに頼まれたのか? 駆けつけるのが随分早いな」
「ふん――奴め、こうなる事を予期しておったのだろう。用意周到な事だ」
「あぁ……なるほどね」
フィーの救出へ向かう一行へ、思わず細めた目を向ける。
やはり予知能力の持ち主か。
ゼノアは脳裏で、そう結論付けた。
「さて、満身創痍の貴様は少し休んでおれ。ここは――我ら騎士の出番ぞ!」
一九三cmの己が身の丈ほどもある大剣を軽々と振り回し、地に突き刺す。
そして、背後の騎士たちへと振り返り――
「いいか貴様ら、良く聞け! これから、我らはあの化け物と戦う! 見ての通り、あのデカさだ。簡単には行かぬだろう。だからこそ! 各自、出し惜しみは許さん。死力を尽くせ!」
ドウマは、全員の顔を見回しながら、良く通る声で発破をかけた。
「敵は己が内にあり! 未知のモノに挑むとき足が止まってしまうのは、その心に恐怖を抱くからだッ!」
部下たちの中に生じた怯えを、歴戦の戦士は見抜いたのだろう。
迷えば、死ぬ。
だからドウマは、刮目して続ける。
「もし失敗したら、意味がなかったら、逆効果だったら? そんな事を思い浮かべる心には、こう言ってやれ……黙れチキン野郎、ってなッ!!」
ゼノアは不思議な感覚に襲われていた。
ドウマの言葉はどこか、自分の中に響くものがある。
それは何だ?
ただ声がデカイからか?
いや、違う。
この、魂を揺さぶられる感覚は――
「我らに退路は無いッ! 負ければ背後の街もろとも死するのみ! なればこそ――貴様らが正しいと思える選択に、己が全てを賭けろッ!!」
腹にズシンと響く、胴間声。
騎士たちの目の色が、変わった。
それを見てドウマはニヤリとほくそ笑み、今や轟音と共に迫りくる敵性存在へと向き直る。
「……さあ、誇り高き騎士たちよッ!――いざ出陣だッ! 行くぞぉぉぉぉォォォォォオオオオオオオッ!!!!」
覇気が、乱れ飛ぶ。
雄々しく響き渡るは、天をも劈くような鬨の声。
ドウマを先頭に、騎士たちは一個の塊――騎士団となって、化け物へと駆け出す。
(マジかよ……あのおっさん、あんな熱いキャラだったのか?)
一人、取り残されるゼノア。
ドウマによる陣頭演説は、その胸の内にも確かに響いていた。
届いたのは、心に、ではない。
その更に一段奥――魂を、揺さぶられた。
魂から、全身が、奮い立つ。
(……ったく、一回死を覚悟した奴が、何を怯えていたんだか)
一度、意識的に深呼吸をする。
呼吸の呼は、吐き出す動作を指す。
故にまずは肺の中から古い空気を出し切れば、次いで新鮮な大気が勝手に肺の中へと吸い込まれるように人体は構成されている。
(死力を尽くせ――か。死ぬくらいの本気でやれって、意味だよな)
先程の、ドウマの演説を思い出す。
思えば、自分は本気を出していなかったんじゃないか?
出し惜しみ、とまでは言わないが、もっと工夫する余地があったように思える。
(失敗したら死ぬ。成功しても――死ぬ。人生で一度きり、自分の最大最高の力を振り絞らないと、死力を尽くしたとは言えねぇか)
ゼノアは決めた。
己があらゆる力――知・体・心・法力、全てを活用して、立ち向かう事を。
(もっと頭を使え……何故俺は攻撃を受けた? どうすれば奴を止められる?)
結晶石への攻撃に固執した結果、動きが止まった所を狙われた。
待ち伏せられていたのもある。
あちらには隠し玉があったのだ。
それは、元々寄せ集めである自身の構造を、容易く変更できる事。
あの時、結晶石の方向から突出してきた腕は、背中に生えていた内の一本が石巨人の体内を通過して出てきたものだ。
いまや、その機構は他の損傷箇所の修復にも応用されている。
破壊された右足首は、いつの間にか復元されているし、地面にハマった左足は、一度膝まで体内に引っ込んだ後、再度伸び出てきた。
無論、あれだけ切り刻んだ全身の傷だとか、結晶石付近の陥没なんかも修復済みである。
その代わり、腕の一本が半分ほどに短くなっていて。
(あの石巨人も、死神モドキも、どこから攻撃が来るか分からない。……なら、もっと機動力が必要だ。そして、攻撃力も足りない。一撃で、より深く抉る必要がある。だが、どうすれば……?)
突如、両手に握ったままの双刀が、何かを訴えるように振動した。
(自分を使え、とでも? どうやって……)
その時、ゼノアの脳裏にイメージが湧く。
いや、湧き出すというよりは、流入してくるかのような――
(そうか……さっきので良いんだな?)
思い起こされたのは吹き飛ばされた後――自らの身体を制動しようとした時の事。
「――ゼノアッ!」
不意に小さな声が、耳に届いた。
それは少し離れた位置から発せられたもの。
思考に集中していて、その存在に気づくのが遅れたゼノアは、声のした方に目を向けて驚く。
「え? テオか!? 何やってんだこんな所で?」
そこに居たのは、昨夜寝食を提供してくれた家の少年で。
息せき切って、此方に走ってきている。
「こんな所って、ここは家の近くだよ!」
「……マジ?」
言われて気づいた。
確かに周囲を見渡してみれば、見覚えのある風景で。
というか、温泉街ソレイユに向かって飛ばされたのだから当然だが。
よく見れば、昨日泊まった家がテオの後方にあって、戸口には老婆ベネデッタが佇んでいる。
「はぁっ、はぁっ――あのデッカイやつなんだよッ!? アレどうなってんのッ!?」
「あぁ……アレか?」
何と答えるべきか。
ゼノアは逡巡し、やがて説明するのが面倒になったのか、はぐらかすように笑って言う。
「アレは……まぁ、アレだ。デッカイ大人のオモチャだよ」
「……はぁ!? いや、なに言ってんだよ!? そんなワケな」
「ハッハッハッ!! やっぱそう思うか? 流石に無理あるよなぁ!」
「ちょっ、なにそんな血だらけでふざけてんの!?」
テオは、全身血塗れのボロ雑巾みたいなゼノアを見て、心配して寄ってきたらしい。
「大丈夫だ。心配ありがとな」
ゼノアはテオの頭にポン、と手を乗せて、ついでに法力を流し込む。
「……うわッ!? ――なにコレ!? 何か凄いね?」
「ちょっと力を分けといた。その力で、ばあちゃん守ってやれよ?」
「う、うん……ゼノアは?」
「俺か? そりゃ勿論――」
不敵な笑みを浮かべるゼノアの背に――
「つば、さ?」
――白と黒の一対の翼が、生えてきて。
「ちょっくらあのデカブツを片付けてくる。――その後で、泥遊びでもしようぜ?」
「え……う、うん! 気をつけてね!」
ゼノアは悪童みたいな笑顔でテオの頭をくしゃっと一撫でしてから、少しずつ宙に浮かび上がり、目標をしっかりと蒼玉の瞳で見据え、引き絞られた弓矢が放たれるように、飛び立つ。
右に黒翼、左に白翼。
双刀の能力を、自身へ恒常的に作用させる為の装置として創出された疑似的な翼で、実際は加減速制御機構だ。
だから、羽ばたきで浮力や推進力を産む訳ではない。
引力場と斥力場を自身の周囲に展開することで、自由な方向への加速、あるいは減速を可能としている。
ゼノアは文字通り今――飛翔しているのだ。
すぐに見えてきた戦場は、残念ながら劣勢で。
フィーの下へ駆けつけたリアレたちも騎士隊も、死神モドキと振り回される石腕への対応で追われている。
ゼノアは更に速度を上げ、金色の法力を纏うと、進行が途中にいた死神モドキを轢いていく。
不死者たる死神モドキは、亡霊同様に金色のオーラが掠めるだけで、身体を焼き抉られるらしい。
「なっ!? ――なんだアレはぁッ!?」
ドウマのデカイ声が戦場に響いた。
(――出し惜しみは終いだ。一気に決めてやるぜッ!!)
【天征眼】による立体透視で死角を消しながら、敵の懐に飛び込む。
交差する刹那、音速の刃が翻る。
激しい衝撃波と爆音を轟かせながら、石巨人の右足が――氷塵となり千切れ飛んだ。
(――次ッ!)
折り返すついでに、フィーたちを襲っていた死神モドキ三体に接触。
その身を半分以上吹き飛ばし、ほぼ無力化して再度石巨人へ。
ゼノアの素早い動きを捉えきれず無作為に振り回した石腕に、纏わりつくような螺旋飛行を見せると、一拍後、その飛翔軌跡をなぞるように石腕が――爆ぜる。
「……うそ? あれって、ゼノ、ア?」
呟いたのは、救援に駆けつけたリアレ。
傍から見た光景は、壮絶で、鮮烈で、荘厳なものだった。
拳の先から肩口までが斬り裂かれ、氷塵と化して吹き飛ぶ。
弾き飛ばされた氷の欠片たちは、まるで風にさらわれた花弁の如く緩やかに宙を舞う。
しかし石巨人も当然、ただやられているのを良しとはしない。
即座にその身を変形させて対応する。
首を狙うゼノアの意表を突こうと喉元から拳を突出させ、同時に四方向から石腕が掴みかかった。
――その全てが、舞い踊る黄金を捉えること叶わず。
白刀に斬り裂かれ、無へと還されていく。
「なんて事だ! やはり……あれはッ!」
ラーシュが思わず手を止めて、感嘆の吐息を漏らす。
皆一様に、目の前で繰り広げられる幻想的な光景に、目を奪われていて。
ゼノアが放つ金色の法力は、そのあまりの速度で残像となり、長く尾を引く。
背中の双翼と相まって、さながらそれは――
「予言の――黄金龍!」
目を輝かせたツキナの声には、普段は見られない熱が籠められていた。
<おい、ぼーっとしてんなよ! 戦闘中だぜッ!?>
そんな半ば観客と化した戦場の戦士たち全員に、ゼノアから念話が届く。
気づけば、全員との念話回路構築、及び位置情報共有化が為されていて。
「全く……呆れた法力ね」
言葉とは裏腹に、ディアナの顔には、不敵な笑みが伝染っていた。
<長くは保たねぇ! 合図したら全員、全力で攻撃してくれッ!!>
「相変わらずせっかちだなぁ……」
そう言いながらフィーも楽しそうな顔になって、弓に番える新たな矢に、ありったけの法力を充填し始めている。
ゼノアは付かず離れずを繰り返し、石巨人を削りながら攻撃を継続。
<フハハハハハハハハッ!! 無駄だよ! 矮小な人間どもがいくら足掻こうが無駄だ! 我が身への攻撃も、何もかもが逆効果でしかない! 解放された魂は全て! この【魂戒結晶石】に吸収され、我が糧になる事を忘れたかッ!?>
突如、念話回路にリニの声が――いや、あの数万もの魂を喰らった魔物の愉悦が、響く。
<うるせぇッ!! この世に無駄なモノなんてねぇんだよッ!!>
応じるは、ゼノアの咆哮。
<テメェらが受けた痛みだって、無駄なんかじゃねぇぞッ!!>
<何を下らぬ事を! 痛みなんぞ無益で、不毛で、無価値で、この世には不要なモノだッ!! 痛みがあるから憎しみが、悲しみが生まれる! 争いが生じるッ!!>
<それじゃ片方しか見てねぇってんだよッ!! 痛みがあるから、ヒトの痛みも分かるんだろッ!? 強くなりたいって、優しくなろうって思えるんだろうがッ!! テメェらは――道具の使い方を間違えて、泣いて暴れてるガキと同じだッ!!>
ナイフを武器として使えば、人を殺す道具に。
しかし調理器具として使えば、人を活かす道具になる。
【魂戒結晶石】も【魂戒十字】も、上手く使えば無形通貨として、とても優秀な道具だ。
苦痛も、恨みの種としてではなく、自らを鍛える道具としてのみ使えば、人を成長させる上でこれほど優秀な砥石は無い。
<その痛みを誇れるなら、神にだってなれるんだぜ……ッ!>
<黙れッ!! 貴様に……貴様なんぞに分かりはしまいッ!! この名状しがたき苦痛をッ!! 我らの怒りをぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおオオオおおおおおオオおオオオおおおッ!!!!>
怨嗟が、憎悪が、爆発する。
急速に、石巨人内の法力が一箇所に集まるのが視えた。
ゼノアは攻撃を止め、急上昇を開始。
やがて雲霞の中へ入り、急制動をかけながら石巨人の方に振り返る。
その衝撃波で、戦場を覆う雲霞が遍く吹き飛ぶ。
眩いばかりの陽光が、ゼノアの後方上空から射し込む。
<来いよ。お前たちの怒りと悲しみ――ぜんぶ受け止めてやるッ!>
それから真っ直ぐに、石巨人へと落下していく。
<おオオぉぉおぉおおオオオおぁあああぁああああアアアあああああッ!!>
石巨人は、全魂魄から集めた法力を束ね、ゼノアに向けて――放つ。
地上に太陽が顕現したかと見紛うほどの、極大光線が迸る。
<――今だッ!! 全員ブチかませぇぇえええッ!!>
矮小であると無視された者たちからの、一斉攻撃。
ゼノアから位置マーカーで示された一点――石巨人の胸部に向かって、あらゆる属性の法術が放たれた。
さながらそれは、虹の橋が掛けられたかのようで。
当たり一面が、極限の光量で見えなくなる……。
――だが、一人だけ、視えている者が居た。
【天征眼】で位置をしっかり把握しながら、極大光線の中を白刀による斥力場で突き崩しながら正面突破。
<いい加減、目ぇ覚ませや――リニッ!!>
光が収まり、視界が晴れた瞬間――激しい損傷により遂に姿を現した石巨人の核――【魂戒結晶石】に、ゼノアが肉迫する。
急降下からの垂直軌道変更――相手が反応する間もなく、音を置き去りにした斬撃一閃。
【魂戒結晶石】だけを黒刀に吸い込む。
(――重すぎッ!?)
幾万もの魂魄エネルギーは流石に重量感が段違いで、即座に焼きながら、重い足取りで意識を失い倒れているリニへと向かい――ゼノアの手が届く。
崩壊し始める石巨人。
黄金の法力を解き、未だ大半の魂を焼き切れていない黒刀に、法力を回す。
――その時を待って居たと言わんばかりに、残っていた亡霊が一斉にゼノアへと飛びかかる。
だが、待ち構えていたのはゼノアの方だった。
【天征眼】には死角がない。
襲いかかってきた亡霊を、片っ端から黒刀で捉えていく。
リニを左脇に抱えながら、黒刀を振り回し、同時に焼き払う。
上部が崩落し、足が落ち窪んだ。
ゼノアは黒刀がある程度軽くなったこと確認し、最後の力を振り絞り、もう一度飛ぶ。
火葬しながら空を駆ければ、黒刀から躍り出る七色の霊光が、戦場を幻想的に彩る。
「……やりおったわッ!!」
ドウマが叫んだ。
巻き起こる喝采と、湧き上がる勝鬨
(やっべ……もう空っぽだ)
しかしゼノアは一人、冷や汗をかく。
(もう法力が残ってない……どうやって着地しよう)
崩れゆく石巨人の残骸を背に、リニを脇に抱えたまま、ゼノアは残された慣性力で、水平方向に飛び続けていた。
何とか焼尽できたが、直後に法力が切れ、双翼・双刀・黄金のオーラ――すべて消えていて。
<……ん? アレ、ゼノア大丈夫? 余力なさそうだけど、着地できるの?>
目のいいフィーが気づいてくれたが、もう既に温泉街ソレイユの方へかなり飛んでいるので、近くに助力を求められそうな人材はなし。
<あ、あぁ……よく分かったな。いま、どうしようかなって考えてたとこ>
<やっぱり……>
<……はぁッ!? 全部出しきっちゃったの!?>
呆れたディアナが、思わず叫ぶ。
同時に喝采が止み、静寂が場を支配する。
<な、何か方法はッ!?>
慌てるリアレ。
それを物珍しそうに見ながら、ツキナが冷静に提案する。
<不時着できそうな柔らかい土はありませんか? あるいは、草地とか>
<そうだなぁ、そういうのはあんまり……ん? いや、何とかなりそうだ>
不意に心当たりを見つけるゼノア。
早速、念話回路を飛ばして繋ぐ。
<――おーい! ちょっと手ぇ、貸してくれー!>
そうして、急に白羽の矢を立てられたのは――
<へっ!? いきなり何さっ!?>
<テオ、悪いが今から指定する地面を耕してくれ!>
<はあっ!?>
戦況を遠巻きに眺めながら、老婆と共に避難を開始していたテオだ。
そんな年端も行かぬ少年に、ゼノアは念話回路を通して、勝手に自分の救出プランをイメージとして送りつける。
<え……そんだけで良いの? わ、分かったよ。やってみるけど……>
全く事情を飲み込めていないテオだが、根が良いのか素直に従ってくれて――ゼノアの指示通り、その場で大地に両手をつき、耕作用聖法術を発動させてくれた。
刹那――噴火と見紛うほどの、広範囲かつ膨大な量の土砂が、空に舞う。
<ひぃっ――!?>
術者がドン引きするほどの高威力。
そこに、亜音速で飛来した物体――ゼノアとリニが、突き刺さる。
頂点に達し、落ちてくる土砂。
固唾を呑んで見守るテオたち。
……ゼノアたちの姿は、しばらく待っても現れない。
「え? し、死んじゃっ……た?」
恐る恐るテオが、涙目になりながら良質な畑と化した元街道を、覗き込む。
<……助かったぜ>
再度、喝采が起きた。
泥濘む地面を掻き分けながら、泥団子と化した男が、脇にも泥団子を抱えて這い出てくる。
「――ひぇっ」
その様は、少年にとっては恐怖を刺激するものでしかなく。
遠巻きに距離をおき、ゼノアに近づこうとはしない。
<見事だッ! 見よ、勇敢なる戦士諸君!>
そんな事は関係ないらしく、ここぞとばかりに、ラーシュが謳う。
<今、ここに脅威は排除されたッ! それを成したるは救国の英雄――予言に伝えられし救世主、ゼノア=ソレイユである! ついに救世主が降臨されたのだッ!!>
抑圧から解放された反動なのか、騎士や王女たちの盛り上がりが凄い。
……だが逆に、当の本人は泥だらけで、明らかにテンションが下がっていて。
「降臨? ……冗談」
地面に腰を下ろし、ついでにリニを投げ出した後――
「単なる墜落の、間違いだろ……」
――そんな事を皮肉げに、呟くのであった。
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