番外編 或る夢 ~顔の無い男~

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 ここは、どこなのだろうか。  アリアスの目に映るのは、記憶にも空想にもない、「どこでもない」風景。この砂に覆われた退廃の世界、「コーウォ」の一般的なそれとは一線を画した、未来的あるいは「近代的」な灰色の街並み。空は分厚い雲に覆われ、降るはずの無い雪が街路を白く染める。その一粒が頬に触れ、味わったことのないはずの冷たさをさも当然のようにもたらした。 (これが、雪……?)  ドリクトの時葬官である彼が、このような場に制服のままいるのはあまりにも不自然だった。田舎町のドリクトとは明らかに違う、都会的な街並み。ここがどこなのか、何という街なのか、そして自分は今、誰の遺灰を回収しに行くのか。思い出せそうで、どうしても思い出せない。  そうして頭を悩ませながら、厚手のコートに身を包んだ人の群れをかき分けて傾斜の急な街路を上へ上へと昇っていく。道行く人々の顔はみな須らく、輪郭だけでなく目鼻口といった諸器官すら判然としないほどに黒くぼやけていた。しかしそんな事はどうでも良かった。遺灰を回収するという確固たる目的の前には、その他の全ての事柄が同様に「どうでも良かった」のだから。 (しかし、遠いな……)  アリアスはただ、迷宮のように入り組んだ街を操られるように進む。彼自身にはこの見知らぬ土地で遺灰を回収するという目的が、本当に自分の意思か、はたまた他者の思惑によるものなのか判別がつかなかった。ただ一つ分かるのは、自分が地図も必要とせずに、ある座標に向かうべくして向かっていることだけだった。 足を進めながらふと頭上を見やると、街の中に何本もの時葬機と、それに隣接するかのように何本もの高架が建てられている事に気付く。その高架上の線路を煤煙で車体をより黒く染めた汽車が猛進し、煙突から排出された黒い煙が灰色の雲と同化するかのようにゆっくりと霧散していった。 (何だか、この景色は……)  思い出せそうで、思い出せない。そんな歯がゆい思いを握りしめつつ歩みを進めていくうちに、忘れ去られたように寂れたある一角にたどり着く。そこは八部屋から成る石造りのアパートメントであり、繁茂した蔦がひび割れた壁面に幾重にも絡みついていた。アリアスの目的地、遺灰を回収すべき遺族の住居は、まさにその場所にあった。
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