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クロードは冴えた青の瞳を伏せて、手元の羊皮紙を見やる。そこにはヴェルダニア王国北部開墾について細かく彼の字で纏められていた。
「やはり、我が国を拡大して行くに当たってトゥーラクは大きな障害になるな。」
「言わずもがなですよ。この大陸に二つの大国が両立することはありません。なんとしても潰しませんと。」
リヒャルトはさらさらとした真っ直ぐな髪を揺らし、クロードへとにじり寄る。
「……現ヴェルダニア王の病状は悪化するばかりです。王の没後の不安定な情勢を、トゥーラクは必ず狙って来ます。」
「リヒャルト、王が没するなどと滅多なことを言うな。俺以外の者に聞かれたら不敬を咎められるぞ。」
「ふふ、この国のより良い未来を考えるのが私の仕事ですから。」
リヒャルトの指が、クロードの陶器のように白く艶やかな頬を撫でる。クロードは心底嫌そうに顔を顰め、ただリヒャルトを睨んでいた。
「クロード・ヴェルダニア第二王子。私は貴方を王陛下にする為に努力を惜しみません。」
「……リヒャルト。」
「貴方が誰よりも王に相応しい。」
「……ふん。」
クロードはリヒャルトを振り払うと羊皮紙を丸め、羽根ペンを片付け始めた。クロードのつれない態度にも、リヒャルトは相変わらずの笑みを浮かべたままだ。
「穏健派の連中は私が黙らせます。なのであとはクロード王子が……。」
そこまで言いかけたリヒャルトが言葉に詰まる。
「……なんだ。」
「いえ、ちゃんと現実を見てミーア王女と婚姻して下さらないかと。王子があまりにも婚約破棄をなさるので、不能だと噂されています。」
「阿呆か。」
クロードは渾身の拳をリヒャルトの腹部に埋め、さらに呻く彼を踏みつけた。鈍い音が庭園に響き渡る。
「うっ……容赦ありませんね!」
「俺は巷で冷酷王子だと言われてるらしいからな。」
突如として大きな風が吹き、クロードとリヒャルトを薔薇の香りが包み込んだ。
クロードの視界に、風に揺れる青い薔薇の花弁が映る。
「クロード王子?如何致しました?」
クロードの足蹴から避難したリヒャルトが彼を見上げる。しかし、クロードはまだ薔薇を見つめていた。
「…………。」
青い薔薇はクロードの視線など気にも留めず、ただ静かに風に揺られている。
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