昨日が遠くで泣いた。
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昨日が遠くで泣いた。

―――――――――― ―――――――――――――――――――― 子どもの頃の話だ。 当時5歳だった私は父の仕事の関係で夏休みの一か月程をイギリスで過ごすことになった。 異国の地へ着いた私は、目に映るもの全てが珍しいものばかりで驚いた。 あちこちへと目を向けていれば、父と繋がれていたはずの手は何も掴んでいない。 どんな経緯があったのかははっきり覚えていないが、気付いたら見知らぬ公園にいたのだ。 見知らぬ土地で、頼りとなる父は居ない。母も仕事の都合で日本に残っている。言語も通じない。不安で一杯になった私は目に大粒の涙を溜めて今にも泣き声をあげようとした。 そんな時。 聞きなれた日本語で声を掛けてきた人物がいた。私より年上であろう、黒髪黒目でアジア系の顔立ちの綺麗な子。 「どうしたの?もしかして迷子かな?」 優しい声、優しい笑顔。 安心した私は溢れる涙を堪えきれず、わんわんと人目も気にせず泣き声をあげたことを覚えている。しかし男の子はそんな私を抱きしめ、頭をなでて、「大丈夫、大丈夫だよ」と声を掛けてくれた。 そこから先のことははっきりと覚えていないが、目を開ければ心配そうな顔をした父が居て、周りに目を向ければそこは公園ではなく室内だった。 父が言うには、1人の男の子が泣きつかれて眠ってしまった私をおぶって交番まで連れてきてくれたらしい。そして、父が来るまでの間、ずっと私の側についていてくれたという。 父の言葉で先ほどの出来事を思い出した私は、迷子になったしまったという恐怖や不安等はすっかり消え失せ、あの男の子にもう1度会いたい、そんな思いが真っ先に頭に浮かんでいた。
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