嗤う桜

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 あれからというものの。  丸笑公園には不可思議な呼び名が付いた。  かつて自殺の名所だった公園は――今では自殺"未遂"の名所となった。  これまでのようにたくさんの自殺志願者が向かうのだがどれもなんらかの邪魔が入るのだという。  首を吊れば木の枝が折れ、崖から落ちれば木の根が引っ掛かる。  ……そして噂によれば、全員が誰かの声を聴くそうだ。  ネットの片隅ではただの法螺吹き話と揶揄されていたが俺の聞いた声は、法螺吹き話ではない。そもそも誰にも話していない。 『お前はこの地獄を全うしろ』  悪魔のような囁きが、いまだに耳にへばり付いている。  あの時、振り返った先に見えた桜の木。その形は今でもはっきりと憶えていて。  ……春日舞の遺作「春」によく似ていると思った。  あの絵に出てくる木の根が、あの時絡まった木の根が今だに俺の首を巻いているような気がする。  何かが俺をずっと覗いていて俺が不快になる様を覗いているようだ。  もしも、それが本当に春日舞なら……。  俺の知る天才は、人を苦しめる天才という事になるだろう。  そんなことの為にきっと彼は「春」を描いたのだ。彼が作品の一部になったんだ。  俺はそんな奴の影響で自殺"未遂"をしたのか。  馬鹿馬鹿しいにも程がある。  家業を継ぎながら、俺はまだ未練がましく絵を描いていた。  俺はあいつの思い通りにならない。  あいつが死んで誰かを不快にさせるなら、俺は生きてあいつを不快にさせてやる。  だけど天才にはまだ遠い。  木の根が中々解けない。 「親父、ごめんな」  俺の描いた「嗤う桜」はまた、佳作だった。
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