1人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれは落書きみたいなものだよ。途中でテーマが見えなくなってテキトーにばばっと描いた奴」
「それでも賞をもらったんだぞ。いやぁ、お父さんは鼻が高い」
父はそういって笑顔になっている。
なんで喜ぶんだろう。なんで嬉しそうにするんだろう。
無理を、しないで。
今までの絵も過大評価されてきたけど、今回のは特に失敗作だったと思う。
ただ陳腐な皮肉を描いただけだし、それに僕自身も褒められた性質ではない。僕が描きたいのはもっと他人を不快にさせる絵画だ。
心の底から不快になった――即ち、皮肉に晒された人間の顔を見たくて描いた絵だ。それをなぜだか、評価する人間がいるのだ。
よくわからない世界だと思った。
否、ずっと思っていた。自分よりも元気な人間ばかりが用意された世界。
それを小馬鹿にして嗤う、捻くれた人間を誇るなんておかしいよ。父さんはあまりにも善い人だった。眩しい人だった。
だから、本音なんて一度も伝えなかった。
「じゃあ父さん。お願いがあるんだ」
「いいぞ、なんだって聞いてやる」
「退院したら、また絵を描いて良いかな」
「もちろんだとも。舞は将来、立派な画家になれるって選考の人も仰ってたぞ」
それは残念だ。
最近お医者さんは僕の前で笑顔を見せなくなったし、何より看護婦さんも陰で言っていた。
"今度の退院が最期になるかもしれない"って。
恐らく、父も既に知っているのだろう。
今はまだ実感が湧いていないだけなのかもしれない。
確かに僕もそうだった。そう、今朝までは。
「今度の絵はきっと最高の絵になると思うよ」
夢の世界が唆す絵画。
それは間違いなく、最低で――不快な絵だった。
最初のコメントを投稿しよう!