芽吹く意志

4/4
前へ
/16ページ
次へ
「あれは落書きみたいなものだよ。途中でテーマが見えなくなってテキトーにばばっと描いた奴」 「それでも賞をもらったんだぞ。いやぁ、お父さんは鼻が高い」  父はそういって笑顔になっている。  なんで喜ぶんだろう。なんで嬉しそうにするんだろう。  無理を、しないで。  今までの絵も過大評価されてきたけど、今回のは特に失敗作だったと思う。  ただ陳腐な皮肉を描いただけだし、それに僕自身も褒められた性質ではない。僕が描きたいのはもっと他人を不快にさせる絵画だ。  心の底から不快になった――即ち、皮肉に晒された人間の顔を見たくて描いた絵だ。それをなぜだか、評価する人間がいるのだ。  よくわからない世界だと思った。  否、ずっと思っていた。自分よりも元気な人間ばかりが用意された世界。  それを小馬鹿にして嗤う、捻くれた人間を誇るなんておかしいよ。父さんはあまりにも善い人だった。眩しい人だった。  だから、本音なんて一度も伝えなかった。 「じゃあ父さん。お願いがあるんだ」 「いいぞ、なんだって聞いてやる」 「退院したら、また絵を描いて良いかな」 「もちろんだとも。舞は将来、立派な画家になれるって選考の人も仰ってたぞ」  それは残念だ。  最近お医者さんは僕の前で笑顔を見せなくなったし、何より看護婦さんも陰で言っていた。  "今度の退院が最期になるかもしれない"って。  恐らく、父も既に知っているのだろう。  今はまだ実感が湧いていないだけなのかもしれない。  確かに僕もそうだった。そう、今朝までは。 「今度の絵はきっと最高の絵になると思うよ」  夢の世界が唆す絵画。  それは間違いなく、最低で――不快な絵だった。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加