0人が本棚に入れています
本棚に追加
本名はつまりさっぱり分からない。しかし、一応のところ学校の怪談としての名前はある。
『ひたひた』だ。
どうにも驚かしてやった奴らは皆気絶してしまうし、そこはあの世の者らしく記憶が頭の中からどんどん霧消していってしまうのは間違いが無いようなのだ。
しかし俗に言うように長く続ける事とか根気よく頑張るという事はやはり効果的で、こんな幽霊稼業も続けていれば徐々に噂に残っていく。
人の目というのはしばしば気が付かないところにあって第三者による目撃談が語られたりしているらしい。面白いもので、この僕に追いかけられて気絶して泡を吹いた奴らもそういう話を客観的に聞くと影の様なぼんやりとした記憶の感触がじわじわと湧き上がってくるらしいんだな。
そんなわけで、誰にも彼にもはっきりと存在を認識されることはなくて残念なものの、いつの間にかこの僕は学校の中でも有名な実話怪談になってしまったのだ。
得意顔をしても一人では張り合いがないが、まあ、人の話題に上るというのは幽霊として悪い気はしない。寧ろかなり鼻が高い。
何しろ他の奴らだって結構何人も凄いのが学校に強制留年気味に縛り付けられて、その年々の生徒を脅しつけていたが皆最後は成仏していってしまった。
取り残されたこの僕は大物の怨念だろう。
さあ、そして今日もやってきた。
日はぐっと傾いて三階の教室に暖色の斜陽が差し込む。高い空に夜の色が忍び寄り、グラウンドに幾本もの樹木が長い影を伸ばすこの時間がやってきた。
ふふふ。烏が良い具合にばたばたと飛んで、嫌あな鳴き声を上げている。あれは絶対に五時だから家に帰ろうなんて言っている声じゃあない。この世ならぬあの世の者に向けて鳴いているのだ。そうこの僕に向かって。
『準備はいいか。始まるぞ』って。夜に落ちる前の一瞬の昼の暗がり。深い闇に沈む寸前の逢魔が時。
本当に出るんだな。これが。
最初のコメントを投稿しよう!