ひたひた

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 放課後教室に一人で入ってくる奴というのは一様におどおどとしている。不良っぽい男子から文系草食女子までこれは一様に変わらない。  それで、なんとなく教卓から教室の後ろの隅のごみ箱までぐるりと一通り見回して、どうにかホッとして入ってくるんだな。  それが、ある程度真ん中の辺りまで足を踏み入れてしまうと急に体を硬直させるんだ。  こう、びくっと。足を石みたいにしちゃって。  分かるんだよな。あの世の奴がいる事が。  いつもは全然分からなくてもこの時間、一人になれば人間だって恐らくは動物として体に内在させている危機察知センサーが反応するんだな。それで気づいた途端、僕を認識したセンサーがメーターを振り切ってしまう。  そう、今目の前で怯え、逃げ惑うこの女のように。 きゃああああああああ。  ははははは。また悲鳴のプレゼントだ。  いいぞ、いいぞ。幽霊冥利につきるというものだ。もっともっと怖がらせて泡を吹かせてあげようじゃないか。  まあ、何をするかと言えば実際何て事はない。  まず相手がこの僕の存在を認識した段階で真後ろにぬっと立ってやる。  そうすると面白いんだ。ぎくり、って背中が硬直して呼吸が早く浅くなるんだよ。これは多分幽霊だから分かるんじゃなくて、見ていればあからさまに心臓の鼓動が早くなっているのが背中越しにも分かる。 どっどっどっど、はっはっはっは・・・。 血液の循環と呼吸のランデブー。いいね。生きてるって。  面白いからこの僕はにやにやしながらしばらく見つめてるんだけど、そのままだとどうにももうこの場で倒れちゃいそうだから、そっと耳元に息を吹きかけてやるんだ。 何回かやってるうちに分かったんだけれど、どうもこの僕の息は完全に冷たいってわけでもなくて生温いらしい。昔からの怪談話っていうのは本当によくできているものだね。実際に全部体験談なのではなかろうかと思う。  それでもって囁いてやるんだ。できるだけ静かに。でも、無い腹に力をこめて地の底からでも響くようにドスを利かせて。 『遊ぼうよ』って。 これで恐怖と緊張は全開のピーク。それでもって一気に破裂するんだな。  全員が駆けだしたよ。一目散だ。振り返った奴は今まで一人もいない。 指一本、指先のほんのちょこんとも触れた事はないし、まして危害を加えた事など一度たりとてない。言ってみればアトラクションのお化け屋敷に似ている。但し本物だが。
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