ひたひた

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きゃああああああああああ。  一際大きな悲鳴がやはり無い筈の耳を頭の芯までつんざいていった。  あれだけ頑張って逃げていた人間が一発で気絶するなんて一体この僕はどんな恐ろしい顔をしているのだろうか。鏡で確かめられないのが本当に残念だ。  何の事はない。ぴったりと追いかけて追い詰めた相手を一気に全力で加速して追い抜く。そして顔を思いっきり目と鼻の先っちょに近づけてやるのだ。  これで気絶率100%。我ながら幽霊は恐ろしい。本当にどんな顔をしているのだろう。  さて、この後もこの僕はこれまでずうっと続けてきたように放課後の校舎に一人残って教室へやってくる可哀想な生徒を脅かし続けた。  数週間がそのまま過ぎていき、そして、その日は遂にやってきた。  実習生、神原薫がようやく一人で放課後の教室へ入ってきたのだ。  待ち望んでいた。  美しい夕焼けが空を染め、もう見慣れ過ぎた教室へ柔らかな斜陽を差し込ませている。  無い筈の心臓はドキリと跳び上がり、この胸の内に血液の激しい脈動を感じる。  神原薫。  この僕は待っていたんだ。君がこうして一人やってくる放課後を-。
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