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「・・泣くなよ・・」
矢田はあふれ出す涙の筋を親指で拭う。
拭っても、拭っても、次から次に溢れ出るしずくに矢田は困り果てた。
「もう、泣くなって・・」
何があったか分からないが、今朝方あんな態度を取ったことを心の底から後悔していた。
倫也からラインで帰ると入ってきて、それにも腹を立てていた自分が情けなく感じる。
仕事中、助けを求めるように無言電話がかかってきてから、己の愚かさに気付かされた。本当は一日中、ずっと倫也を心配していたのに。
自分のプライドを守るため、倫也を突き放した。
もしも倫也に何かあったら、矢田は自分を許せなかっただろう。
いや、倫也に何かあったら、矢田はどうしていいのか、分からなかっただろう。
だから最悪のことが頭に過ぎりながら、生きた心地がせずに倫也の自宅までかっ飛んで来た。
もうこんな想いは二度としたくない。
トイレで倒れている倫也を見て、苛立ちとか、迷いとか、全部、吹っ飛んだ。
失うより、得る方が何倍も難しい。
そして得たものを、守ることも、それ以上に難しい。
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