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夢だ。
感覚で、これは夢だとわかっている。
けれどここでの僕は無力で、今この瞬間も目の前の光景を見ている事しか出来ない。
目の前に差し出されたピンク色の様な赤黒いような物体は本来なら普通の人間なら見る事など有り得ない筈のものであり、
ドクン、ドクンと痙攣でもしているように脈打ち続けている。
心臓。表面が鈍く輝く。それだけなら、料理に使う鶏の胸肉の様に見えなくもない。
なのに所々浮き出た筋はグロテスクであり、側面から生えているようにも見えるチューブの様な管が気持ちが悪く、仮に鶏肉だったとして自分が料理人の立場でこんなものを材料として目にしたらまず間違いなくその瞬間に嘔吐してしまうだろう。
そうやって詳細にその外観を脳で認識する程に、まるで首筋を何匹もの百足が這い廻っている様に際限なく悪寒が走り続ける。
見せ付ける様に「誰か」にそれを目の前に差し出されて咄嗟に手で跳ね除けてしまいたくなった。
が、そうできないのは夢だからであり、説明されたわけでもないのに他でもない「自分の心臓」だと理解していたからだ。
差し出された心臓を視界に入れない様、瞼を最大限に閉じる。良かったこれは出来た。
安心したのも束の間、その瞬間に空気で何か状況の変化を感じて、結局瞼を開く。気の所為じゃない。心臓の形状に異変が起きていた。
ぐにゃ、グニャ。
輪郭が次々に変化する。ハンバーグだ。赤黒いピンク色の肉が、ぐにゃりぐちゃりと。
見ること以外に選択肢を持たない僕は、形状変化に動かなくなったそれに視線を落とし…、瞬間。
「っ、あ…っ、う、あああっ!!?」
赤黒い滑った生き物。そいつは手の平程の大きさで、盛り上がった両足を僅かに姿勢を正すように動かして此方を見上げて一声、鳴いた。
―「ゲコッ」。
今にも自身の主である僕の身体まで飛び跳ねようと醜い手足をもぞつかせながら動くそいつに僕は持てる限りの最大限の嫌悪感で叫ぶ。
喉が張り裂けても良い。この場所から、この瞬間からただ逃げ出したい。けれど、動かない。足が、腕、が。
「ーっ!」
声が出ない。叫んでいた。音になっていなくても、少なくとも僕の中では。
蛙の形をしたそいつが、「誰か」の手の上で、此方を真っ直ぐに見上げていた。蛙の癖に小首を傾げながら、可愛らしく、醜く、俺だけを真っ直ぐに。
蛙は、生きていた。内臓の色、肉の外見で、一つの生命、自我を持ったように。
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