26人が本棚に入れています
本棚に追加
「目をとじて。三つ数えるんだ」
僕はその言葉に素直に従った。
ゆっくりとカウントを唱え、三、と言った途端に体がふわりと軽くなった。
「これでいい。ほら、目を開けて自分の姿を見てみろよ」
言われるがままに瞼をあけて、掴まれていない左手を確認する。真っ黒に焼け爛れていた手はすっかり元に戻り、下級兵が着るグレーのパイロットスーツの袖に覆われていた。
驚いて君に目を向けると、君は特別仕様の赤いパイロットスーツを着こなしていて、腹の穴は跡形もなくふさがり、右腕もちゃんとついていた。
君は何事もなかったように右手で金色の前髪をかきあげると、
「さて、おまえのことを詳しく知りたいんだが、まずは名前を教えてくれないか」
名前、と言われて僕は困惑する。僕には名前なんてない。そもそも名を呼ばれるような立場でもない。
僕の戸惑いがわかったのか、君は、「なんだ。まだ名がなかったのか」と言うと、青い瞳をしかめて眉根に皺が寄った顔で僕をじっと見つめた。
精悍なその顔であまりに長く見つめられるものだから、僕はどうしていいかわからない。君の視線から逃れたくて、少し顔を背けた。
「ミナト」
ふと、君が小さく呟いた。
「ミナトって名だそうだ。どうだい? 気に入ってくれるかな」
呼びかけられたその名前を反芻してみる。その他大勢の兵士のひとりだった僕に与えられた名前。何度か呟いてみたら、以外にもその名はしっくりと僕に馴染んだ。
最初のコメントを投稿しよう!