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第一章 怪我人は、訳有り浪人
ある朝いつものように茶屋の外にのれんをかけようとしていたとき、建物の間から着物がチラリと覗き近づく。
するとそこには、血を流し建物に寄りかかる男の姿があった。
男の腰には刀が差してあり、何者かわからず怖くも思ったがこのままにも出来ず、茶屋へ運ぼうとする。
だが女の力だけで運ぶことは難しく、私は一度お店へ戻ると、手当てをする物を手に男の元へと戻った。
地面は男の血で真っ赤に染まっており、出血が酷い。
早く手当てをしなければと着物の襟を掴み開くと、出血箇所を塞ぐ。
しばらくしてなんとか血は止まったものの、男の目は覚めず、額を見ると汗が滲んでいたので持っていた手拭いで拭き取る。
すると男の閉じていた瞼がゆっくりと開かれ意識を取り戻した。
「目が覚めたのですね」
「お前は、誰だ……ッ」
目を覚ました男が立ち上がろうとしたため慌てて止めようとするが、伸ばした手は男の手により弾かれてしまった。
制止の言葉も聞かず、痛みに顔を歪めながらも建物に手をつき歩き出す男に、私は再び手を伸ばすと腕を掴んだ。
傷はまだ癒えていないというのに、そんな状態で何処へ行くのか尋ねると「お前には関係のないことだ」と言われ、私は男の腕を引き強引にお店の中へ連れ込むと、空いている部屋へと男を連れていく。
「何のつもりだ」
「傷が癒えるまではここにいてもらいます」
思ったことを口にすると、男は一つ溜息を吐き、私へと視線を向ける。
どうやら諦めたのか、傷が癒えるまではここにいてもらえることになり、私は一度下へと降り仕事に戻る。
それからお昼になった頃、休憩を取るためにお店を一度閉めると、簡単な物を作り男の部屋へと運ぶ。
襖を開けると、男は布団が敷いてあるというのに壁に背を預け、片膝を立て座っていた。
床で寝ないのか尋ねても「お前には関係ない」と言う変わらずの素っ気ない言葉には冷たさを感じ、まるで心を閉ざしているように思えた。
「昼餉です。一緒に食べましょう」
男は無言のまま立ち上がると膳の前に座り、箸を手にすると料理へと伸ばす。
結局食事中会話はなかったが、男が食べた膳は米粒一つ残さず綺麗に食べてあり口許が綻ぶ。
それから空が茜色に染まるまで働いた後、ようやくお店を閉め夕餉を作ると、男のいる部屋へ運ぶ。
そっと襖を開けると、男は窓際の壁に肩を預け、窓から見える茜色の空を眺めていた。
どこかその瞳は悲しげで、先程までの冷たい表情と違って見えたのは、窓から差し込む光のせいなのかもしれない。
ついその場で固まっていたことにハッとすると、部屋へと入り膳を置く。
お昼同様、無言のまま夕餉を食べ終えると、男は立ち上がり私から距離を取るように壁に背を預け片膝を立て座る。
そんな男の名をまだ聞いていないことを思い出し尋ねると、二人の間に沈黙が流れる。
やっぱり答えてはくれないのだと一瞬表情を曇らせたが、私は直ぐに顔を上げ笑みをつくる。
「では、私は失礼致します。ゆっくりお休みくださいませ」
立ち上がり、襖に手をかけたその時、後ろから男の声が聞こえ振り返る。
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