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思わず振り向く。
真っ暗で、伊織の表情は見えない。
シャワーを浴び、髪も洗い、下着も服も全部着替えたのに。
「ジャケット」
「ジャケット!?」
「傘をさして、降りて来てくれましたよね。
その時羽織ってたジャケットから煙草の匂いがしました。
俺もたまに吸うけど、俺の吸ってる銘柄じゃないみたいだし…
それに、あの、…アパートに来てからなんとなく。」
「うん…
食事に誘われて…。今までも何度かあったのね、食事は。
分担業務以外の仕事をしたお礼くらいに思ってたんだけど
相手はそうは思ってなくて、
今日は、ホテルの屋上で食事して、部屋をとってあって」
私は一体何を話しているんだろう。
こんな、伊織が一番聞きたくない話をだらだらと続けるなんて、
正気の沙汰じゃない。
伊織が起き上がった。
「明日早いので、今日はもう帰ります」
「だめ」
私は伊織の腕を両手で必死につかむ。
「いつもみたいにしてくれなくていい、
後ろ向いててもいい、とにかく今は私と居て。」
伊織は私に背を向けて布団にもぐった。
私も彼に背を向ける。
私は何をやっているんだろう。
布団の下の毛布が動く。
伊織は体を丸めたらしい。いつもとは違う息遣いが漏れてくる。
震えているのかも知れない。
泣いているのかも知れない。
なんて寒い。
つま先から冷えてくる。
私も体を丸めるけれど、ちっとも温かくならない。
しばらくたって
伊織がふっと短くため息をつき
起き上がった。
私のすぐ後ろに横になり、私を引き寄せる。
伊織の胸に、私の背中がぴったりと密着する。
「寒かったですね」
「うん…」
「背中を向けると隙間から風がはいるのかな」
「お腹…さわって」
温かい、大きな手。
私は手を重ねる。
この子をこんなひどい目に合わせておいて、
私は伊織の腕をまくらに眠くなる。
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