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指輪
体調がすっかり本調子に戻り、明日は出勤という日曜日、
私は洗濯物の片付けに大忙しだった。
伊織が買ってきてくれたペットボトルや
パックの野菜ジュースは大方のみ干した。
おかゆ以外のレトルトパックや冷凍食品も買っておいてくれたので、
ご飯を炊くだけで食事ができた。
杉本の持って来た果物も野菜室に入っていた。
土曜には買い物に出て自炊した。
洗濯物の片づけの合間に、世話になったお礼と、
体調が回復したことをメールした。
夕方、よかった、無理しないようにと返信があった。
長々と返信をくれる方ではないが、なんとなくそっけない感じがした。
夕食を終え、杉本が持って来た書類に再度目を通している時に
チャイムが鳴った。
杉本だった。
「こんばんはー」
ざっと室内を覗き込み私しかいないと分かった途端、
当たり前のようにずかずかと踏み込んで来る。
私の胸に視線を向けるのも忘れない。
「お疲れ様です。あ、あの」
「お、通達、読んでくれてたんだ」
テーブルの上に広げた書類を見ながらあぐらをかき、
背広を脱ぐ。
「はい。あの、今日はこの書類のことで?」
仕方なく私も向かいに座る。
早く帰ってほしい。
「灰皿ないか?」
杉本はもう煙草をくわえ、ライターを手にしている。
「ありません。恐れ入りますが、煙草遠慮していただけますか。
大家さんからもうるさく言われてるんです。」
冗談じゃない。
この煙草のせいで、伊織にどれだけ辛い思いをさせたことか。
「お茶いれますね」
台所へ立ち上がる。
ずうずしい男なんて見たくもない。
私を自分の女みたいに扱うのも不愉快だ。
「あ、悪いねえ」
カサカサと紙をいじる音がする。
「お、君もここ、引っかかったか」
マーカーを引いたところに気づいたらしい。
「はい」
薄い煎茶を杉本の前に置く。
「そうかぁ。明日、さっそく施設基準とデイの加算のことで、
会議に入ってもらいたいんだけど。
現場の方もさ、明日からって聞いて喜んでたよ。もう人足りなくてさ」
「申し訳ありません」
お茶を出した行きがかりで、杉本の隣に仕方なく正座して頭を下げる。
「あ、それとさ」
杉本は頭を下げた私に、さらりと恐ろしい事を言った。
「あの男の子には、もうここに来るなって言っておいたよ。」
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