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「私それを急に思い出して、杉本にね、
Il est a moiって言っちゃったの」
「フランス語を言った…んですか?」
「違うわよ。そっちじゃなくて。
あのね…
あの人あなたにいろいろ失礼なこと言ったんでしょ?
ごめんなさいね。
だから
あの子は私のものです、あの子とのことについては
全部私に言ってくださいって言っちゃった。」
「それで杉本さんは…」
伊織は笑いをこらえるのに必死だ。
よかった、伊織が怒りださなくて。
「あんたみたいなアタマのイカれたメス犬と
結婚を考えた俺がバカだったって言われた。」
「それは…ひどいですね。」
伊織の顔が曇る。
「こんな事になって、仕事続けないよなって言われて、
辞めますっていうことになったのよ」
「そんなことになってたんですか。…じゃあ、生活は。俺…」
「大丈夫。雇用保険はすぐ出るし、仕事もなんとかなりそうだわ。
ちょっとなら蓄えもあるの。」
私は伊織の肩に頭をもたせかける。
伊織が私の肩を抱く。
「そうですね、指輪に書いてある通り、俺、椎名さんのものですね」
キスしながら少しづつ体重をかけてくる。
「明日面接があるのよ」
上半身だけソファに押し倒され、
姿勢がきつくなった私は脚をソファの上にあげてしまう。
膝をたてたので、スカートが滑り落ちて腿があらわになる。
何だか妙にはずかしい。両膝をくっつける。
「何時ですか?」
伊織は器用にからだをずらし、私が横になった端に
腰かけ、片方の膝に手を載せた。温かい。
「9時半」
「送りますよ」
起き上がろうとソファに突こうとした手を伊織が優しく握り、
手首をとって私の耳の横に持って来た。掌が上を向いた。
「スーツがないわ」
「買いにいきましょう。プレゼントします」
私の指に、指を絡めてくる。
「この時間じゃ閉まってるもの」
「明日は早く出て、椎名さんのアパートに寄りましょう」
こんなに優しく指をからめているのにびくとも動かない。
伊織の顔が私の顔の真上に来た。
「帰しませんよ。」
穏やかそうに微笑んでいるけれど、目が笑っていない。
「う…うん」
私は観念するしかない。
もう起き上がるのはあきらめた。
伊織は莞爾として、という形容が似合いそうな笑顔を作り
髪を撫でる。
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