第1章

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 駅に着いた途端、雨が降り出した。  傘は持ってきていない。  だが、これくらいなら大丈夫だろうとタカをくくって歩きだした。  雨はどんどん強くなってくるが、大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら、前に進む。  ほどなくして土砂降りに変わった。風も強く吹いてくる。  視界が遮られ、周りが見えないほどだ。さすがにこれ以上外を歩くのは危険だ。  だが、このあたりは何もない。  一応、東京都ではあるが、都心からだいぶ離れた郊外。雨宿りができるような店舗があるのも駅周辺だけで、駅から少し離れれば、畑が広がり、あとは普通の住宅がぽつんぽつんと並んでいるだけだ。  困ったな。  そうだ! 近くにバス停があったはずだ。  正確に言えば元バス停。今は廃線となっているので使われてはいないが、屋根がついていてる。少しの間、雨宿りをするには十分だ。  手の平を頭の上に掲げて傘代わりにしながら、おれは早足で先を急いだ。  少し息を切らし、辿り着く。  先客がいた。 「いやー、すごい雨ですね」  バス停に駆け込みながら声をかけるが、男は一瞬、面倒くさそうにこっちを見ただけで何も言わない。  中年の、頬のこけた、いかにも陰気そうな男だ。  まあ、いいか。  どうせこの場限りの関係。どうせすぐ遠くに行ってしまう人だ。  それに、考えてみれば、この人も急に雨に見舞われて、只でさえ不機嫌になっているだろうし、いきなりやってきた見ず知らずの人間に声をかけられて愛想良くしろというほうが無理な話だ。  おれはバス停の奥にある、道路と平行に置かれた木製の横長の椅子に男とは距離を空けて座り、タオル地のハンカチで顔や服についた雨を拭う。  このバス停は、前面以外は囲われているので雨風を防げる。  まずは一安心。欲を言えば、隣にこの男がいなければ、もっとリラックスできるのだが……。  おれは男のほうをちらっと盗み見する。  男はただ茫然と激しい雨を見ている。無人島に取り残されてしまったような絶望感が漂っている。  この人の人生にもいろいろあるのだ。後悔、孤独、不安……。他人にはわからないものを抱えている。  みんなそうだ。  口に出さないだけで、日々の辛いことをなんとか乗り越えているのだ。今日、会った懐かしい顔のみんなもそうだ。  そうだ! あの女もそうだった。
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