第1章

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 おれの頭の中に、ある女の顔が浮かんだ。笑ってはいるが、どこか寂しそうで、なぜか生き急いでいるように見えた。  そういえば、彼女と会ったのも雨の夜だった。  バス停のトタン屋根に雨がぶつかる音を聞いているうちに、昔の記憶が蘇ってくる。        *  おれは一人で都心のバーにいた。バーボンソーダを飲みながら、物思いに耽り、周囲の会話を聞くともなしに聞いていた 「ほら、わたし、明るい性格に見られるじゃないですか?」  はしゃいだような女の声が耳に届く。  声の方に目をやると、女は脚の長いスツールに座り、前に乗り出すようにしてバーテンダーと話をしている。  モデルのようにすらりとスタイルがよく、身体にフィットする黒い服を着ている。  どれくらい時間が経っただろうか。 「ねえ、本当はどう見えます?」  女はそれまでバーテンダーと楽しそうに話し込んでいたが、バーテンダーがほかの客の対応に移ると急におれに話をふってきた。   おれは女の姿をじっくり見る。  女はかなり酔っているようだ。  顔は笑っているが、どこかヤケになっているようにも思えた。 「明るい人に見えますよ」  おれは答えた。  カウンター席。女は一番奥に座っている。おれは二つ離れた席にいる。 「それがそうでもないんです。これでも、いつも無理をして明るく振る舞っているんですから」  女はケラケラと笑いながら言うが、やはり寂しそうだ。 「そうなんだ」 「あなたはどうですか? 人と接するとき、無理してませんか?」  女の口調が変わり、おれを真剣な顔でじっと見つめる。 「おれ? そうだな。無理をしているといえば無理をしているところはあるかな」 「そうでしょう。わかりますよ、わたしと同じタイプだもの」  女がおれの心の中にすうっと入ってきた。  少し危険も感じとったが、期待のほうが遥かに上回った。  おれは女の隣に席を移動した。 「本当はどういう人なの?」おれは女に尋ねた。  女は少し考えてから、 「わたしですか? わかりません。でも……」と答えた。 「でも?」 「いつも心の中に、大きな穴がぽかんと空いているみたいなんです」 「みんなそうじゃないかな。普段は埋めようもない虚無感をごまかすために仕事や趣味、家族のために時間を費やしているけど、ふっと気づいてしまう瞬間がある。自分の人生には何もないことに……そして恐ろしくてどうしようもなくなる」
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