第1章

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 真剣におれの話を聞いていた女はニヤリと笑い、 「やっぱり」と言う。 「やっぱり、なに?」 「あなたはわたしの思っていた人だということです」  それから、女は自分のことを語り始めた。最初は自分がいかに変わっているか、人と違う感性を持っているかなどを快活に話していたが、次第にトーンが暗くなっていった。そして、裏切られた男のことに話は移っていった。  そいつが、どれほどひどいことをしたか。騙されてかなりの金額をとられてしまったことや、自分以外にも女がいたことを話した。同時に、どれほど素敵だったか、どれだけ好きだったかを話した。  シャンパンをバカみたいに空けて騒いだ東京湾でのクルージング。一見さんお断りの店にも苦労してもぐりこんだ秋の京都旅行。雪の降ったクリスマスの夜に受けたプロポーズ……。  もしかしたら、嘘も混じっていたかもしれない。いや、むしろ嘘のほうが多かっただろう。  だが、それでいい。  過去は事実とは違った物語となり、その物語は生きる力になるのだから。  話の途中で女は何度か泣いたが、終わりの頃になるとすっきりとした明るい表情になっていた。 「仮に一夜だけ、いや、一瞬でもすべてを燃やし尽くせた時間があれば、それだけで幸せなことだよ」  おれは女に言った。  女は頷いた。 「今日で辛かった思い出を全て忘れたらいい。明日からは新しい人生を始めるんだ」 「そうですよね。そうします」女はそう言って笑った。  おれたちはバーを出た。  酔いもあり、おれたちは身体をからませるように歩いた。 雨が降り出した。  強い雨だ。  おれたちは雨をしのぐため、近くにあったコンビニに逃げ込む。  雨がざあざあ降りになる。おれたちはしばらく黙ってコンビニから外の様子を見ていた。 「これからどうする?」おれは女に聞いた。 「旅に出たい」 「どこへ?」 「どこでもいい。誰もいない場所がいい。そして、ゼロから人生をやり直したい」  おれは女の言葉の意味を瞬時に理解した。  おれたちは雨の中、走り出した。  雨に打たれながら、女は嬉しそうに笑い声をあげる。遊びに興奮する子供のように、女の呼吸が弾むように激しくなる。  おれたちは人のいないほうに向って走っていき、やがて歩き出し、止まった。  疲れたからじゃない。目的は遂げるためだ。  雨がますます強くなった。  おれは覚えている。
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