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1時間もたつと、さすがにみんな思い思いに連れ立って下校していった。
残っているのは、数人の不運な星の元、もとい、や行やわ行の名字の家に生まれた子たちだけだ。
「おい、ワタナベ。」
後ろからつつかれる。振り向くと、ワタベが突っ伏したまま片手だけ伸ばしていた。
いつの間に窓を開けたのか、夏風で短髪がちょっとなびいていた。
「何?」
「つまんないからなんか話して」
何か月振りだろう?
ワタベは家が近所で、おむつをしてた頃からの幼馴染だ。
ここ1年はまともに話していなくて、話していない時間が長くなればなるほど、何を話していいかわからなくなった。
手抜き教師のおかげで、ずっと席は前後ろだけど。
「う・・・ん。天気いいよね」
「つまんねー」
「好きなアイス」
「知ってるでしょ」
「きのこの山派?たけのこの里派?」
「つまんねー」
ワタベは一向に頭を上げなくて、あたしは会話のゲシュタルト崩壊を起こしかけていた。
「・・・じゃあ今日の予定」
「もんじゃ」
「七海先輩と?」
ぴくっと空気が動くのが分かった。
やっと頭を上げると、あたしとは目を合わせないで答えた。
「なつみは留学の準備で忙しいから。」
「そうか」
ワタベが「なつみ」と言うのを、久しぶりに聞いた。
窓から吹き込む夏の香りと一緒に、あめ玉を転がすような甘い響きがした。
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