このきなんのき

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このきなんのき

いつも同じ道を通って帰る。 ふと見上げた公園の隅にある大きな大きな樹。 こんなに大きな樹を見逃していた筈はない、だが、こんな樹があっただろうか。他の樹とはまるで形が違う。1本なのに横に大きく張り出して公園の4分の1を占めるほどの影を作っている。 「ねぇ、お兄さん。遊ぼうよ」 樹の根元に近寄っていた私に、小学生くらいの女の子が声をかけた。Tシャツに短パンという動きやすい格好で樹によじ登っていた。 「ねぇ、ったら、お兄さん、いや、おじさん?聞こえてるんでしょ。この実、美味しいからさ、取りにおいでよ」 枝豆かサヤエンドウのようなものを巨大化させたような実が頭上にあった。何故だか懐かしく、恋しいもののように思えたので、実を引っ張って取ろうとした。途中で千切れてしまわないよう、実を確実に取るため、靴を揃えて脱ぎ、裸足になって樹によじ登った。 実のすぐ近くに行き、取ろうと引っ張ったと思ったのだが、引っ張られていた。ケタケタと笑う女の子の声。実を取りたいだけ、取ることを諦められなかった。枝に当たる、葉に当たる、傷だらけになりながらも実を離せなかった。辺りはいつのまにか暗い。頭上からゆっくりと暗闇が訪れる。足元の光がふっと消えた。上下左右のわからない、私が立っているのかすら覚束ない空間に放り込まれ、女の子は目の前にいた。 「私を、覚えている?」 「私は、ね……」
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