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《───ロクチョウノメ、ロクチョウノメ。お出口左側になります》
平日の通勤ラッシュを避けて良かった。
横並びの席には何の苦労もなく座ったまま、目的地の地下鉄駅へとたどり着いたヒューガ。
空港ほどのひとけはないが、ここまで来ると外国人など自分一人。
車両を降りて改札から抜けてもなお視線は痛い。
駅構内は空調が効いていて外構よりも気温こそ低いが、キャリーバッグを抱えたまま差し掛かった上り階段は、想像していた以上にヒューガの体力を奪った。
加えて、この金髪に向けられる視線。
やむを得ない。
幼き頃の日々を回顧し、20年ぶりに日本のファミリーレストランで食事でもしていこうかと思っていたが、食事はコンビニ弁当に格下げだ。
食事代はタクシー代に回そう。
決断を終えれば行動は早い。
ブーツの靴底とコンクリートの軽快なパーカッションを奏でながら、ヒューガは地下鉄の出入り口から真っ直ぐに路上のタクシーへと駆けた。
キャリーバッグごと後部座席に乗り込むヒューガ。
運転手は年配で、シワの入った顔でヒューガに笑いかけた。
「すみません、キャリーバッグも後部座席に置いてもいいですか?」
「ああ、大丈夫だよ」
「ありがとうございます。この住所までお願いします」
「あいよ」
ヒューガが運転手に見せたのはスマートフォン。
画面には目的地の住所と番地が表示されている。
運転手がその文字と同じ文字をカーナビに打ち込むと、間を置かずにタクシーは走り出した。
「10分くらいの道のりだね。急いでるかい?」
「いいえ、安全運転で結構ですよ」
「そうかい。……お姉さん、外国人?」
「えっ? あっ、はい。イタリアから参りましたけど」
ルームミラー越しにヒューガを見つめる運転手。
いいや、やはり視線の先は髪。
東洋系の顔立ちを自負していたが、やはり地毛でこの色では誤魔化しが効かないか。
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