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───もしヘッドライトを消せば、視界は暗闇に包まれるだろう。
否。
路面と自分の車を照らすもう一台のヘッドライトの光は、バックミラーを見ずとも視界に入ってくる。
2メートル……いいや、1メートル以内にいる。
ヒューガはNSXのギアを一つ下げた。
ここがミラノのセンピオーネ通りで、コーラを片手にこの車でクルージングしていたとしたなら、それは至極心地の良い手応えであっただろう。
しかしここは日本。
左車線走行の、街灯のない峠道。
クラッチを踏み込み、ギアを変え、そしてクラッチを繋ぐという一連の動作が、かつてないほどに疎ましく感じられた。
跳ね上がるエンジンの回転数。
次のコーナーを考慮すると、いくら死線を抜けたヒューガといえど博打に近い暴挙だ。
それが素人ならば死を意味する進入速度。
だが、曲がれる。
絶対に、曲がれる。
いいや、曲がらねばならない。
こちらは相手の車よりも70馬力以上も格上。
その上、ヒューガにはミラノストリート最速という肩書きがある。
曲がらねばならない。
この速度でコーナーに突っ込まねば、出し抜けない。
ハンドルを握る手に汗が滲む。
薄くルージュを引いた妖艶な唇の奥で、歯を食い縛る。
純金色の長い前髪の陰で、深い赤みを帯びた瞳が煌々とコーナーを睨みつける。
直角の左が二連続する最後のコーナーセクションだ。
まだ。
ブレーキはまだだ。
まだ。
ここだッ!!!!
「頼みますよ……NSX……!!!!」
NSXのブレーキランプが、紅の尾を引いて灯った。
![image=510907369.jpg](https://img.estar.jp/public/user_upload/510907369.jpg?width=800&format=jpg)
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