残業の夜に

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 定時で仕事を終えて帰宅しても出会うことはないのに、何故か残業をした日の夜には必ず出会う住人がいた。その出会いは、ただの偶然からはじまった。 残業の仕事を終えて、築の古い13階建てのマンションに帰り、玄関ロビーでエレベーターを待っている時だった。腕時計を見ると、時刻は11時近くになっていた。それは何階から降りてきたのかは気付かなかったのだが、チンと音を立てて止まり、扉が開いた。ゲージに入ろうとした瞬間、下りてきた住人と出くわした。その住人は、腰まである長い髪に白いワンピースを着ていた。ハッとして顔を見ると、前髪は両眼を覆うほどに伸びていて、どんな顔をしているのか見分けることはできなかった。 「こんばんは」 と挨拶すると、その住人は両腕を胸の辺りまで掲げてブランと下げた両手を重ね、腰を低く曲げて 「こんばんは」 と、蚊の鳴くようなか細い声で返してきた。その声を耳にした途端、ゾーッと背中に悪寒が走った。その日以来、残業の夜にはいつもその住人と出会うようになった。  度重なる出会いは、偶然から当然になり必然となって気になる存在へと変化していった。蚊の鳴くようなそのか細い声は、ウグイスのような耳に心地好い声となり聞くのを楽しむようになっていった。
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