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「先輩、ちょっと振り過ぎじゃないですか?」
「え、そうかな?」
「自覚ないんですね」
よく晴れた日曜日の朝。薄暗い部屋の中で、僕と先輩は遅めの朝食を準備していた。今日は白米、わかめのみそ汁、焼き鮭に卵焼きという朝食界のキング的なメニュー。ありきたりではあるが故に美味しく、そして失敗する可能性が低い。
はずなのだが、みそ汁をかき混ぜる僕は不安しかない。隣で先輩が調理している鮭の切り身は、その姿が見えなくなるほど塩に埋もれていた。まるで豪雪地帯に取り残された鮭。
指摘してもなお、塩を振る手を止めない先輩は困ったように微笑むばかり。
「今月はまだ五回しかフッてんないんだけど……」
「それは振らなさすぎです」
ていうかそれは嘘ですよね、とは言えなかった。
この時点で僕と彼の会話に齟齬があったのは薄々気づいていたからだ。自炊をする社会人にとって必要不可欠な塩を、七月も終わろうという今日この瞬間までに、五回しか振っていないなんてまさかあり得ない。少なくとも今この時点で鮭に盛り塩している人間の発言ではないだろう。
先輩の創作料理は鮭の塩焼きというよりは『伯方の塩~焼き鮭を添えて~』の方がしっくりくるし、圧倒的な塩の存在感はもはや塩釜焼。既に別の料理になっていた。
「フラなさすぎって……お前は俺にどうなって欲しいんだよ……」
呆れた表情で先輩が言う。僕は口元に手を当て、暫し考えた。
いや、本当はニヤける口元を隠すために考えるふりをしただけだ。答えなんて決まっていた。
「そうですね……出来ればしっかりして欲しいです」
「……しっかり、というのは家庭を持てという事?」
「確かに家族が出来たら少しは変わりますよね。人間、必要に迫られると変わると言いますし」
「ふーん、」
「料理って結局は愛情ですから。愛があれば自分本位な味付けではなく、相手の好みに合わせようとするものです」
僕はあくまで料理の話を続ける。噛み合わない会話に自分だけが気付いていると思うと、少しだけ嬉しかった。いつもは頭のいい先輩にしてやられる僕だけど、たまにはこんな攻守逆転もアリだろう。
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