10人が本棚に入れています
本棚に追加
***
結局のところ、あさひが相対したいのは榛名ではなく、かつての優しい父親なのだ。
心を落ち着け、ようやく得心がいったところで、新造出しの日取りは刻一刻を迫っていた。嫌がるあさひを説き伏せている猶予はない。
どうしたものかと頭を巡らせる赤城の前で、七日ぶりに姿を見せた榛名は、今日も今日とて莫迦みたいな夢を語っていた。
「赤城さん、今夜は溜息も出ないか?」
いつもなら尽きることのないホラ話に、呆れて溜息ばかりを零す赤城だが、今夜ばその溜息もおざなりのようだ。
「……わっちに構わず、勝手に喋り倒してくなんしょ」
「あー、駄目駄目。俺はもう、素の赤城さんを知っちまってるからな。とってつけたような廓言葉より、気風のいい江戸言葉が好きだ。さあさ、いつも通り喋ってくれ」
にこにこと邪気なく笑う榛名を、張り倒したい衝動に襲われる。しかし、初対面で地を晒してしまったのは赤城の失態なので、ここはぐっと我慢する。
「悪いけど、考え事の最中なんだ。あんたの相手をしている暇はない。今夜はもう帰っとくれ」
こんなこと、楼主に知られたら酷い折檻を受けるのだろうな、などと暢気に思いながら、赤城は商品にしてはあるまじき口を利いた。榛名はいい金づるだが、これで縁が切れるのならそれでもいい。あさひの口に上った当人に目の前にいられるのは、この上ない考え事の邪魔だ。
それに、榛名の実のない夢語りを聞くくらいなら、別に赤城ではなくとも務まるだろう。一晩中不景気な顔を晒されるより、可愛くて愛想のよい娘を相手にした方が、榛名だって嬉しいはず。決して無理強いをすることのない、話す上手で優しい榛名は、この松葉屋でも結構な人気なのだ。おまけに顔も役者並みにいいものだから、あさひじゃなくても、本気になる遊女がそのうち現れるかもしれない。
そう思い、口にした言葉だったのに。
最初のコメントを投稿しよう!