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「俺の話はつまらんかったか?」
妙にしょんぼりした顔でいうものだから、こちらが意地悪をしたような気になる。
「……そうは言ってないよ。本当に考え事をしたいんだ。地味にあんたも関わっているものだから、目の前にいられると気が散るんだよ」
「俺が? だったら、赤城さんの胸の内を晴らすのも俺の役目だな」
「どうしてそうなるんだい」
「俺が赤城さんの憂さの原因になっていると知って、黙っていられるわけねえだろう。さあさ、憂さの原因とやらをぺろっと喋っちまえ」
どこまでも軽い物言いに、悩んでいることすら莫迦らしくなった。同時に思う。あさひは、こんな榛名の底抜けの明るさに絆されて、父親を美化するなどという夢を見てしまったのだろう。
夢を見させたのは榛名だ。だったら、責任をとってもらうのもありかもしれない。
「だったら言わせてもらうけど……あんた、あさひの水揚の相手を務める気はないかい?」
「あさひって赤城さんの禿の子か? ……俺が?」
「もちろん、最終決定を下すのは楼主だから、相談してみないことにはわからないけど……その前にあんたの気持ちを訊いておきたくてさ」
元来、水揚の相手というのは、娘の倍以上はある年長者だ。加えて、気性が柔らかい馴染みと決まっている。これからどんどん客をとることになる女郎にとって、初めての相手というのは重要になってくる。初めての経験で、トラウマを与えるわけにはいかない。これから客をとることに前向きになるような、優しい記憶ではないといけない。だからこそ、愛だの恋だの語る必要もない、柔らかな年長者が選ばれるのだ。
例え歳が若くても、これだけ廓に通いながらいまだ一人の女郎にも手をつけていない榛名なら、あさひにとって優しい記憶でいられるかもしれない。美化した父親を重ねているあさひも、榛名を恋愛対象として見ることはないだろう。
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