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あさひの新造出しが迫る中、松葉屋にもう一つおめでたい出来事が舞い込んだ。数いる女郎の中でも最高位――――呼び出し昼三の位にある霧島の身請けが決まったのだ。
「霧島がいなくなれば、あんたの昇格も自然と決まったようなもんだね。おめでとさん」
湯屋でそのような明け透けな謝辞を述べたのは、同じく京町一丁目に軒を連ねる大見世・扇屋の高尾。歳は赤城より十ほど上。それでも、かつては浮世絵が飛ぶように売れた傾城ぶりは健在で、挙措の婀娜っぽさは元より、房事においても赤城の叶う相手ではない。
婀娜っぽい視線で見つめられて、赤城は口元を緩めた。
「ありがとうございます。昇格は素直にありがたいです。何かと金のかかる時分ですので」
「ああ。聞いたよ。松葉屋さんとこのあさひ坊、とうとう新造出しだって? 大きくなったもんだ」
「あたしとしてはやっとという心地ですけどね。これからは自分のおまんま代くらい自分で稼いでもらわないと困る」
言えば、高尾は心底愉快そうにからからと笑った。駄々漏れの色気の割にはざっくばらんな言動の目立つこの姉女郎は、昔から何かと赤城の面倒をみてくれたものだ。
華やかな見た目に反して、廓の台所事情は厳しい。特に、まだ自分で稼ぐことのできない禿の食事は、日によって一日一食、それも米と菜っ葉入りの味噌汁と漬物だけという日もある。禿時代はいつも腹を空かせていた赤城に、客から貰ったという菓子を頻繁にくれたのも、この姉女郎だった。
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