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不運への第二歩は、この夜の機嫌が最悪だったこと。
昼間、偶然見てしまったのだ。尊敬する姉女郎と、そっと偲び込ませた間夫との懇ろ真っ最中を。姉女郎の浅慮に呆れるのと同時に、階段脇に控える遣手に露見しないかひやひやしたものだ。挙動不審すぎて、楼主からは「拾い食いでもしたのか」と訝しまれる始末。その瞬間、莫迦らしくなった。
なんであたしが、姉さんの色恋沙汰に動揺しなきゃならねえんだ。
そんなこんなで、腹の虫がへそを曲げているままに客に会ったのがいけなかった。
普通ならば初対面で顔合わせをしないのが大見世なのだが、この客が商品には一切興味を示さず、己の話だけを撒き散らすことを引手茶屋の人間も知っていたのだろう。
正式な手順は一切踏まずに通された座敷で、擬音語だらけの会話を一方的に聞く羽目になった赤城は、とうとう我慢の尾が切れた。
そもそも赤城は、辛抱の利く娘だ。でなければ、十八という若さで部屋持ちにはならない。
だからこの夜は、本当に不運だったとしか思えない。
「鉄の船が水に浮くかってんだ」
無意識に毒づいて、はっとした。舌を切りたいほどピーチクパーチク喋る相手でも、客には変わりない。おまけに話だけでおつとめをくれる上客だ。ここで機嫌を損ねて逃してしまえば、見世の損失だと言っても過言ではない。
「これは、大変な失礼を――」
口にしたところで、唐突に手を掴まれた。ぎょっと目を剥く赤城に気づき、慌てて手を離した客が「違うんだ!」と大声でわめく。
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