本編

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「つい、嬉しくて!」 「……嬉しい?」 「俺の話に意見を言った女子はお前さんが初めてだよ。やっぱり、俺の目には狂いがなかった。総籬(そうまがき)越しに見つけた瞬間から、お前さんのことは賢そうだと買っていたのよ!」  わはは、と大口を開けて笑う客を、白けた目でねめつける。仮にも大見世の部屋持ちを「賢そう」だと評するなど、命知らずとしか言い様がない。  この地位に辿り着くまで、血を吐くような苦界を味わって来たのだ。  賢くなければ、生き残れない。 「俺の名は榛名(はるな)。今は佐久間象山(さくましょうざん)先生という、偉大な兵学者に指示を受けている。お前さん、黒船を見たことがあるか?」  まるで太陽の花が綻ぶように笑う榛名を前に、赤城は全力で後退っていた。この男に関わるとロクなことがないと、本能で察知していたのだ。  だが、どれだけ避けようとも、榛名な客で赤城は商品。力関係は歴然。榛名がおつとめを払い続ける限り、逃げる道などない。  こうして、めでたく目をつけられた赤城が、今日も今日とて「ゆめのふね」の話し相手にさせられているのだ。
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