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そも、榛名の語る鉄の船を「ゆめのふね」と言い出したのは、松葉屋の遊女たちの方だった。
当の本人は、件の鉄の船を「ドリーム・ジャンボ号」と命名して譲らない。どうやら異国の言葉からの命名らしいが、当然遊女たちに馴染むはずもなく、鉄の船はいつしか「ゆめのふね」と勝手に呼ばれるようになった。異国の言葉で、「ドリーム」とは「夢」という意味らしい。「ジャンボ」の説明も受けたはずだが、あいにく赤城は覚えていない。
東の空に一筋差し込むのは、夜明けを告げる群青。
欠伸を噛み殺しながら、夜明けと共に帰る榛名を見送る。
黒塗りの冠木門。このお歯黒溝で囲まれた吉原唯一の出入り口を、大門と呼ぶ。身請け、もしくは年季明けまで潜ることを許されない忌々しい境界線を前に、しかし榛名は能天気に笑いながら振り返った。
「それじゃあまたな、赤城さん」
冗談じゃねえよ。
心中で毒づきながらも、口元には辛うじて笑みを留める。ひらりと手を振れば、榛名は心から嬉しそうに微笑みながら、意気揚々と朝日に向かって進んで行った。
(お店の莫迦ボンかなんだか知らねえが、とんだ酔狂に懐かれちまったもんだ)
朝日に溶ける藍染の着流しを見送りながら、溜息を一つ。
正直、榛名のことはその名以外に知らない。だが、実入りのいい身分にあることは間違いないだろう。でなければ、その身を金二朱で売る赤城を、十日と空けずに買えるはずがない。
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