メシアの君とかき氷

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「あー……腹減った……」  ぐるぐると鳴る内蔵はとうに限界を超えている。右に、左に、目線を動かしてはみるものの、目に入るのは販売終了の文字ばかり。二日間続いた文化祭も終了時刻まで一時間を切った。軒を連ねる模擬店は既に片付けの準備に入っているところすらあるようだった。 「ったく、ほんっとありえねえ」  吐き捨てるようなひとり言が漏れるのも無理はない。何せ加藤は朝からつい先ほどまで、一切休憩も取らずに働き続けていたのだ。これが本当の仕事だったら完全にブラックだ。クラスの模擬店の人手が足りないと呼ばれればすぐさま向かい、部活の出し物が滞っていると聞けば一目散に駆け付けた。損な性格だという自覚はある。 「どっか何かねえかな……」  うろうろと彷徨い続ける加藤は、廊下の向こうから歩いてくる得体の知れない生き物に一瞬目を奪われた。きっと演劇か何かで使う小道具だろう。しかし、その一瞬が命取りだった。 「うっわ!」  加藤はつるりと足を滑らせ、体勢を崩した。視界が回った後、恐る恐る目を開ける。 「いってえ……」  強かに肘を打ったほか、特に怪我はしていないようだった。これから大事な大会が控えているというのに、怪我などする訳にはいかない。加藤はほっとして立ち上がろうとした。 「あの、大丈夫ですか?」  頭上から聞こえたのは無愛想な声だった。無理矢理体を起こしてそちらを見上げる。ショートヘアの女生徒が、心配そうな目を向けていた。普段なら何とも思わなかっただろう。ただ、今は駄目だった。空腹で苛ついている上にみっともなく転け、更にそれを目撃した人物から哀れみとも取れる目を向けられているという現状が、耐え難いものに感じられてしまう。加藤は差し出された手を振り払い、その女生徒を睨めつけた。 「どけよ」 「や、あの、だから、大丈夫ですか?」 「うるせえな。どけっつってんだろ」  その場を離れようとしない彼女に苛立ちは募るばかり。加藤は要領を得ない会話を断ち切って、幾分乱暴に女生徒を突き飛ばした。どうにでもなれとすら思った。 「あのー……」  これ以上ここに居たらどんな暴言を吐くか分からない。微かに残った理性に従い歩き出そうとした背後から投げかけられた言葉に、加藤は今度こそ足を止めた。 「良かったら、かき氷食べていきません?」
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