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その時、夏が空を飛んで来た。雲が割れ、晴れ間が見える。
今年の夏は巨大なロボットの姿をしていた。
富士山の頂上の梅雨は、何だ?とでも言うように、首を一瞬傾け、そして夏を敵だと認識したようだった。自分からチャンピオンの座を奪おうとする挑戦者だと。
イナヅマと物凄い音。世界は光に包まれたかと思うと、また闇に覆われる。濁った汚水色の雲は、時に引き裂かれ、時に力を取り戻す。
梅雨と夏の戦いの中、私は、とぼとぼと歩き続ける。
やがて廃工場の近くまで来た。
廃工場の壁やパイプや煙突は、極彩色の黴やコケや粘菌に覆われ、枯れたり萎びたりした葉が1つも見当らない作り物めいた蔓草が絡まり、その蔓草には毒々しい花が咲いている。
富士山の頂上のあたりでは、まだ、梅雨と夏が戦い続けている。
夏は梅雨の顔から延びた竜の首を引き千切る。
一方、梅雨は、夏の腹に尻尾を叩き込む。
夏の目から熱線が放たれ、右の兎耳を焼き尽す。
しかし、千切られた筈の竜の首が再生し、夏に毒液を吐く。
夏の体のあちこちから、しゅうしゅうと、ピンク・オレンジ・水色・黄色、緑・紫の煙が立ち登る。
続いて、梅雨は富士山の頂上から、思いっ切りジャンプする。
もの凄い轟音で耳が聞こえなくなる。富士山が砕け、大地が揺れ、雨の量は増し……。
何がどうなったのか判らない状況の中で、かろうじて見えたのは、梅雨の体当たりを何とか避けたけど空中でバラバラになった夏と、あたしから見て富士山が有った方向の反対側に出現した巨大な水柱。
汚染された雨水をモロに被って、ガスマスクもレインコートもドロドロになっていく。
その時、廃工場が消えている事に気付いた。空から落ちてきたロボットの頭に潰されたのだ。
ロボットの口が開いた。その中には、一人の女の子が居た。私と同じ位の齢の女の子……。どこかの学校の夏用の制服を着て、あたしを手招きしている。
あたしは走った。肌に汚染された水がかかる。鼻や肺や目を毒入りの空気が蝕んでいく。それでも何とか、ロボットの口の中に入った。
ロボットの頭の中に居た女の子は、入って来たあたしを抱き締め……そして死んだ。あたしに夏を託して……。
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